10.30.大義名分


 ザク、ザク。

 雪を踏みしめながら、四人は魔王の元へと向かった。

 しばらく歩き続けているのだが、周囲の警戒は怠らない。


 見たことのない魔物、魔族がその辺りを闊歩している。

 それに何故かこの辺りは暖かい。

 奇妙な空間だと思いながらも、敵の武器、出で立ちから見て取れる強さなどを見ていく。


 陣形はすべて横陣おうじんだ。

 それがどこまでも長く後方へと続いていた。

 流石十万の兵力なだけはある。

 これだけでも圧巻だ。


「ここですよ」

「……」


 そこには大きなテントが設営されていた。

 これは魔物たちの技術による産物だろうが、作りはしっかりとしている。


 ティッチィに連れられて中へと入り、魔王と対面する。

 中に入ると様々な資料や本が置かれていた。

 机と椅子も配置されており、寝ることもできるようだ。


 そしてその椅子に、件の彼が座っていた。

 飲もうとしていた紅茶を落とし、入ってきた人物を凝視する。

 後ろに流された髪は長い。

 この世界の住民とよく似た髪形をしているが、服装で彼が侍だということが分かる。


「……木幕……?」


 懐かしい声で、そう呼ばれた。

 木幕は数歩歩いて近寄り、地面に胡坐をかいて拳を地面へと置く。


「……柳様、お久しゅうございます」

「……そうか……。そう、なのか……」


 後ろからついてきた三人も、木幕の後ろで胡坐をかく。

 水瀬だけは正座だ。

 柳もすぐに前へと出て、彼らと同じ様に地面へと座った。


 しばらく誰も口を開かない。

 だがこの時間はとても有意義なものであったように感じられた。

 語らずとも、懐かしみが伝わってくる。


 数秒の間の後、柳が優しく笑った。


「久しいな……木幕。お主もここに飛ばされておったか」

「はっ」

「その、後ろの者たちは誰だろうか? 仲間か?」


 槙田が拳を地面につけた。

 それに続き西形と水瀬も同じように頭を下げる。


「お初にお目にかかるぅ……。志摩の鬼人、槙田正次にございますぅ……」

「河内の生光流槍術開祖、西形幸道が孫、西形槍術道場次期師範代、西形正和でございます」

「その姉、今は嫁ぎまして水瀬清と申します」


 柳はほぉ、といった様子で顎を撫でた。

 聞いたことがある名ばかりで少し気分が高揚している。


「志摩の鬼人……か。奇怪な御仁だが腕っぷしは鬼の如し、と聞いたことがある」

「ふははは、褒め言葉と捉えましょうぞぉ……」

「西形幸道様とは、知り合いであった。まさかそのお孫様が来られるとはな」

「おお、叔父上をご存知でしたか」

「うむ。河内に神に許された突きを繰り出す猛者がおる、と聞いて、会いに行ったものだ」

「それを聞けば亡くなられた叔父上も、さぞ喜びましょう」

「そういうお主は……姉であったな。二刀流か……これは癖が強そうだ」

「ふふっ」


 この世界では女も武器を握る。

 なのでそれに何かを言うつもりは毛頭ない。


 懐かしい名前、顔、そして侍に会えて、柳は楽しかった。

 まるでここが元いた世界のようである。

 だが、木幕の言葉で現実へと引き戻されることになった。


「柳様……。何故、何故魔物側に貴方様がおられるのでしょうか……。それとこの戦における、大義名分を聞かせていただきたい」

「……お主らには、それを聞く権利と義務があるだろうな」


 木幕は聞きたかった。

 何故彼が戦を起こすのかを。

 その理由は何だというのか、その意味は何だというのだろうか。

 今まで彼と共に歩んできたが、それだけは一切分からなかった。


 だが柳には、しっかりとした理由があった。

 元より考えていた事だったのか、彼は語りだす。


「おかしいとは思わぬか? この世は」


 優しげな表情が一変、鋭く、何処にも隙のない別人が現れたような錯覚を受ける。

 彼はそのまま続けた。


「何故、人と魔物は争うのか……。拙者はこの世に長らくとどまり、その理由を探し続けた」


 柳格六は、魔族領へと転移させられた。

 そこでは魔物が魔物を喰らい合う弱肉強食の世界であり、何故こんな所に飛ばしたのだと天女を恨んだ。

 だがそこで彼は助けてもらった。

 いや、助けてもらったというのは少し言い方が悪いかもしれない。


 柳は襲ってきた魔族を返り討ちにし、助けさせたのだ。

 彼の力は恐らく魔族領最強の力だった。

 その奇術も恐ろしいものであり、修得と理解に時間こそかかったものの、今では引けを取る者は一人としていない。


 だがそこで気が付いた。

 彼ら魔族、魔物にも心があると。


「魔族、魔物。彼らには知性があり、個々の性格があり、そして……情があるのだ。姿形は置いておいて、その中身を見てみると良い。彼らは……人間ではないだろうか?」


 木幕たちは彼の言葉を理解できた。

 言っている意味は分かる。

 だからこそ、何も言い返すことができなかった。


「そうだ、彼らは人間だ。少しばかり形が歪なだけで、人間と何も変わりはしないのだ。彼らは生活をしている。人間と同じ様に。彼らは戦っている。守りたいものを守る人間と同じ様に。知性の低い魔物は動物だ。ただ生きるために肉を欲するに過ぎない。熊や鷹と同じであろう」


 そんな彼らを差別し、この魔族領へと追いやった人間。

 確かに人間と違う箇所は多くあるかもしれない。

 姿、能力、食べ物、服装。

 だがそれはすべて、この世に産み落とされた一つの魂だ。

 その魂には、何ら特別な姿は存在しない。


「だからこそ、拙者は人間に腸が煮えくり返る思いで今日まで過ごしてきた。魔物だから殺す! 人間だから殺す! そんな考えを、拙者は許しはしない」


 柳から、力強い圧が零れ出る。

 それからは相当な覚悟が伝わってきた。

 声や喋り方も相まって、彼の意志は誰にも覆すことはできないと悟らされる。


 彼は本気だった。

 今まで虐げられてきた魔族は、人間に家族を殺されている。

 気の遠くなるような昔の話ではあるが、その気持ちが今もなお残っているというのは相当な傷を刻まれた証だ。

 だがそれでも、彼らは自分のことを受け入れてくれた。


 過去に何があろうとも、それは貴方がやったことではないとまで言ってくれたのだ。

 いつの間にか自分は魔族たちのトップへと立ち、こうして指揮をしている。


 この世界で生活をするうちに、様々な家臣も着いてくれるようになった。

 隣を見れば仲間がいる。

 自分は未だ一人ではないと、安堵でいたのだ。

 こうして見てみても、彼らはやはり人間である。

 だからこそ、一年前のあの話には涙を流すしかなかった。


「……一年前。四天王の一人が……ローデン要塞で死んだ。魔族だ。ねじり曲がった角と、大きな翼。彼の羽織る外套は留め金一つで止められていた」

「……」

「名をイーバスという。拙者の家臣で、ローデン要塞を攻める際に指揮を任せたものだった。格闘はからっきしだったが、奇術が特殊でな。地面を爆発させるのだ。それを初めて見た時は大いに驚いたものだ! はははははは!」


 木幕は、彼に聞き覚えがあった。

 ローデン要塞で攻め込んできた魔族といえば、あいつしか思い浮かばない。

 津之江裕子が屠った、あの魔族だろう。


 柳はひとしきり笑った後、また冷たい表情をした。

 酷く凍えたような言葉を口から漏らす。


「……お主ら……。一年前……何処にいた?」

「ローデン要塞にて、指揮を執っておりました」

「……そうか」


 隠すようなことではない。

 隠してはならないことだと、木幕は直感して答えた。


 柳は、鋭くこちらを睨みつける。


「戦う理由は、既にある」

「弔い合戦でもなさるおつもりですか」

「それも含めよう。だが拙者はその先を見据える」


 口調をそのままに、彼は続ける。


「人間共に勝利し、魔族が人間と共に過ごすことのできる世を作るのだ。まずは奴らに勝ち、和平を持ち掛けさせる。その後に魔物と人間を共に住まわす国を作る。拙者の目的はここまでできて一割だ。それから浸透させていく! 長く厳しい道のりだが、不可能ではない! それにあたって、まずは魔族たちの考えを変えなければならなかった」


 こちらが一方的にやっても意味はない。

 この関係性を完璧に構築するには、魔族たちの力も大いに必要だった。

 彼らが人間に対して寛大にならなければならない。


 故に、あの時言うことを聞かなかった一つ目の魔族は、危険分子として排除された。

 完全に柳の采配ではあるが、危険とするだけの力を有していたはずだ。

 あの決断に間違いはなかったと自負している。


「これは拙者の家臣たちが率先してやってくれる。向こうが何もしてこなければ、こちらも襲う理由がないからだ」

「柳様の理想像は、概ね把握いたしました」


 人間と魔族の共存。

 これが彼が望む世界なのだ。


「悩んでいるな?」

「……」


 侍を十二人殺して、神を切り、この連鎖を断ち切るという木幕の目的。

 この世界の差別をなくし、人間と魔族の共存の道を模倣するという柳の目的。

 規模が違いすぎるのだ。

 これでは、木幕の目的が霞んでいく。


「では、お主にも大義名分を与えよう」

「は……」

「お主が拙者に勝つことができれば、神へと届く方法を教えてやろう」

「!?」

「フフフフ、戦う理由はこれで十分だろう」


 柳は立ち上がる。

 そして両の腕を大きく広げた。


「木幕! 戦え! お主が勝てば神を斬れる! 拙者が勝てばこの世が変わる! どちらも世界を変える程の大革命だ! 迷うな! お主と拙者の志は、どちらが小さいということはない! 目的の価値は等価であり、意味は同等であり平等! 拙者とお主は同格! さらに対等である!!」


 柳は腰に差してあった刀を鞘ごと手に持ち、木幕へと向けた。


「刀の名を賭けよ! 天泣霖雨てんきゅうりんうは天泣を今こそ枯らし、霖雨を終わらせる!! 今まで涙した魔族たちの覚悟を、拙者は紡ぐ!!」

「……」


 木幕は立ち上がる。

 同じようにして葉隠丸を突き出す。


「刀の名を賭けよう。葉隠丸はがくれまるは葉の色が変わる様を臨機応変、変わらぬ葉には不動の硬さを。某の目的を貫く不動の志は、障害を臨機応変にて討ち崩す。そして隠れるように……某は神を斬る」


 隠れながら刀を打ってくれたじぃと内丸と同じ様に、木幕は誰に称賛されるわけでもなく神を斬るつもりだ。

 その活躍を知ってもらう必要も、ない。


「槙田、西形、水瀬」

「「「はっ」」」

「戻るぞ」


 三人は立ち上がって木幕の後を追った。

 だがテントから出た瞬間、一つの殺気が肌を刺す。


 気配は上から。

 だが刀を抜く暇はない。

 いや、どちらかといえば抜く必要がない、と言った方が良いだろうか。


 金属が弾ける音が、その場に響いた。

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