10.26.兵数確認


 木幕、槙田、西形、バネップ、ドルディン、そしてリューナは冒険者ギルドの廊下を歩いていく。

 通されたのは一つの大きな部屋であり、そこに入ると多くの人が椅子に座ってこちらを凝視した。

 木幕の姿を見た瞬間、嬉しそうな顔になって立ち上がる者が何名かいる様だ。


「木幕さん!」

「おぉ、木幕か」

「チッ!!」

「あ、コラ! ティアーノ! ダメでしょ舌打ちなんてしたら!」


 これまた懐かしい顔ぶれだと、木幕は笑う。

 引退勇者、メディセオ・ランバラル。

 その弟子で今のローデン要塞勇者、ティアーノ・レクトリア。

 そして見習のテトリス・ファマリアルの三名だ。


 相変わらずティアーノは木幕のことを嫌っているらしい。

 前からのことなのでまったく気にしてはいないが。


「わぁー、お久しぶりだねぇ……」

「む? お主は薬師のリトル殿ではないか」

「はははは、医療班としてここに派遣されたのさぁ」


 彼はローデン要塞の下町で仕事をしていた薬師、リトル・アーデルイドだ。

 まさかこんな人物までここに居るとは思わなかったが、戦争なので怪我人は出る。

 彼の存在はとても心強いものだ。


 そのほかにも、バネップの執事のクレイン・デンテンバルも座っている。

 あと三人ほど知らない顔ぶれがそこに居た。


 大きな戦斧を持っている屈強そうな男。

 他二人は何処かの貴族なのか、お高そうな服を着飾っていた。

 これは厄介そうだなと思いながら、木幕は椅子に座ることを促されたためそこに座る。

 だが槙田と西形は座らず、その場に立って待機した。


 ドルディンが前に立ち、全員の顔を見てから司会を進行することにした。


「お待たせいたしました。では話を続けたいと思いますが、まずは自己紹介をお願いします。ローデン要塞の者から。私はローデン要塞ギルドマスター、ドルディン・マンドレイです」

「儂はメディセオじゃ」

「……その弟子の、ローデン要塞勇者、ティアーノ」

「勇者見習いのテトリスです!」


 木幕が来たことに機嫌を良くしたテトリスは、最後に大きな声であいさつをした。

 彼女も大きく変わったものだと感心する。

 勇者に説教をするとは中々だ。


 次にドルディンが木幕を手で指し示す。

 これは自己紹介をしてくれと言っているのだろう。

 とりあえず分かりやすいように、孤高軍の名前を借りるとしよう。


「孤高軍総大将、木幕善八」

「その連れのぉ……槙田正次ぃ……」

「右に同じく、西形正和」

「おおおおおお!!? 貴方が木幕様ですかぁ!!?!?」


 戦斧を持っている男性が、バンっと机を叩いて上体を起こした。

 屈強な戦士の姿をしている彼の体には傷が多い。

 様々な戦いに身を投じていたのだろう。


 しかしこの人物とは初対面だ。

 だがこの感じは見覚えがある。


「お主……もしや三強の一人か?」

「はい! そうですともそうですとも! 俺は孤高軍三強が一人、グラップ・デンチス!! ミルセル王国、更にはリーズレナ王国で活動しておりやした!」

「心強いことこの上ないな」

「おほめにあずかり光栄です! 兵力ですが……」

「グラップ、ちょっと待つんだ。その話はあとでするからね。まずは円滑に進行をする為に挨拶を終わらせてからにしてくれ」

「失礼しました!」


 ドガッと椅子に座って鼻を鳴らす。

 興奮冷めやらぬといった様子だ。


 ドルディンはやれやれと思いながらも、今度はバネップに挨拶をするように手で合図を送った。


「ふむ。良い味方を持ったな。儂はルーエン王国公爵が一人、咆哮のバネップ。こう言った方が分かりやすいだろう」

「私はバネップ様に仕えるクレインです」

「同じく、リューナって言います」


 次にドルディンがもう二人の方へと合図を送る。


「ミルセル王国勇者、トリックだ」

「ミルセル王国第三王子、ハバルアである」


 勇者トリックは青を基調とした鎧を身に着けていた。

 何かの鱗で作られているようで、見た目からしても防御力は高そうだ。

 一方第三皇子のハバルアは何の装備も着けておらず、高価そうな服装を着ている。

 まさかここで王子が出張ってくるとは思わなかったのだろう。

 誰もが小さく眉を潜めた。


 だがそれには理由がある。

 何の理由もなしに嫌な顔をすることなど、この場にいる者たちはしない。


 とりあえず全員の紹介が終わった。

 その後ドルディンは地図を取り出して机の上に広げる。 

 あの時使った物とまったく同じ物のようだ。

 小さな石を取り出して、それを脇に置いた。


「とりあえずそれぞれの頭が揃ったところで、会議をします。発言は誰でもできますから、気軽に話してくださいね。まずは兵力を確認します」


 近くにあった資料を手に持ち、それを見ながら今のローデン要塞の状況を説明していく。


「敵兵数、十万」

「じゅ!?」

「この要塞を落とすには十分すぎる数じゃな……」


 相手は魔物だ。

 それくらいの数であれば簡単に用意することができる。

 だがあの兵士たちはただの雑兵ではないだろう。

 知能の低い魔物であれば、あの場に滞在し続けるということはできないはずだ。


 なのでやはり、あれは主力部隊と捉えてもよさそうだった。


「味方兵数ですが、これは今確定しているだけの数を言います。ミルセル王国からは一万。ルーエン王国からは二万二千の兵士が来てくれています。そして孤高軍ですが、合わせて一万一千の兵をグラップが連れて来てくれています。今の兵力はこれくらいですが、開戦までに見込むことのできる援軍はいますでしょうか?」


 そこで、グラップが手を上げる。


「リーズレナ王国からの孤高軍がまだ来ていない。数は二千だ。あと勇者が兵を連れて来てるぜ。数は八千」

「某からも。現在、ライア率いるライルマイン孤高衆四千が向かってきている。これは開戦までには間に合うだろう」

「おお! さすがライアさんだぜ!」

「しかしライルマイン要塞からの増援はない」

「何?」


 誰もが難色を示したので、木幕は見て来たことを説明する。

 彼らは最前線に位置する者たちだ。

 兵力を裂いては守ることができないと判断したのだろう。


 それを説明して、ローデン要塞やルーエン王国の面々は頷いた。

 どうやら納得してくれたらしいが、ミルセル王国の第三王子は違ったようだ。


「臆病者め。だがこれ以上の増援がなくても、我々の勝利は硬い」

「……何故そう思うのじゃ?」

「ここローデン要塞は鉄壁の守りを誇る。数さえ集まれば、あとは籠城戦で向こうが消耗するのを待てばいい」

「そう上手くはいかぬぞぉ~。相手は魔物じゃ。人間と同じ戦い方など絶対にせんわい」

「ふんっ、どうだか。知性が低い魔物風情に後れは取らん」


 メディセオはその回答に大きなため息をついた。

 わざとらしいまでのそのため息は、ハバルアには侮辱と捉えられたらしい。

 何か言おうと立ち上がった瞬間、ドルディンが割って入る。


「まぁまぁ! 今は戦力の確認中です。まずはそちらの方を確定させましょう」

「ふんっ」

「……コホン。ではですね……」


 ドルディンは兵力を再確認する。


 ミルセル王国からは一万。

 ルーエン王国からは二万二千。

 ローデン要塞からは千八百。

 孤高軍はミルセル王国とルーエン王国を足して一万一千。


 追加の援軍としては、ライルマインの孤高軍が四千。

 リーズレナ王国の孤高軍が二千。

 そしてリーズレナ王国から八千の軍勢がこちらに向かってきてくれている。

 この兵力は開戦時に到着する見込みがある兵力だ。


 計、約五万八千八百の兵がローデン要塞へと来てくれる。

 その数を知った者の数名は、一つの策を捨てた。


「やはり籠城戦はないな」

「バネップ殿の言う通りだ。前に出て戦うのが良いだろう」

「は!? な、何故だ!? このローデン要塞の強みを捨てるというのか!」

「「捨てる」」

「何故だ!?」


 大声を出しながら講義するハバルア。

 これだけの数がいるのであれば、それこそ籠城をして相手の消耗を待てばいい。

 これだけいればそう簡単には落ちないだろうと思っていたのだ。


 だがそれは愚策だ。

 まずローデン要塞は小さい。

 既に兵が溢れて南の広い場所に追いやられているのだ。

 ルーエン王国の二万二千の大軍が来た時点で、もう入れなくなっていた。


 彼はそんなことも分からないのかと呆れるしかなかった。


「っ……! ぐぬ……」

「お、王子……。彼らの言う通りです。それに、これこそが魔王軍の策なのかもしれません」


 ミルセル王国勇者トリックは、王子を宥めて座らせる。

 彼の言う通り、その線も考えられるのだ。

 それにこのローデン要塞の強みもしっかりと活かすつもりである。

 だが……それは敗北が決定した時にだけだ。


「では……籠城戦はなしの方針で、前線に出て戦うことを考えましょう。まぁこれだけ兵が集まった時点でそれしか考えてはいませんでしたけどね」


 ドルディンは脇に置いていた小石を、すべて地図の上に転がして出した。

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