10.25.集まった猛者
炎が山から吹きあがる。
それは目の前にある雪を完全に溶かし、馬車が進むのに困らないだけの道を用意することができていた。
槙田は閻婆の背からローデン要塞を見据える。
意外と小さい国だなと思いながら、その奥へと目を向けた。
「……木幕ぅ……」
「む、どうした槙田。止まっているが」
「見ろぉ……」
「何?」
槙田にそう言われ、木幕も閻婆の上に乗った。
背を伸ばして先を見ると、そこには確かにローデン要塞があり、東には巨大な城壁が構えられている。
その左右が崖になっており、あの城壁を突破しなければローデン要塞へと入ることはできないだろう。
その奥はまっすぐな道が形成されており、山の麓が見て取れる。
以前は白い雪が広がっていたはずだったが……今は真っ黒だ。
それが魔物たちの軍勢であるということがすぐに分かった。
あれだけの大軍勢を従えているのは、柳なのだろう。
山に阻まれておおよその数を測ることはできないが……見えるだけでも八千は居てもおかしくなさそうだ。
他の方角を見てみるが、今回は正面だけに陣を構えているだけらしい。
まだ開戦の時期は訪れていないから包囲をしないだけなのか、それともそれだけの自信を有しているのか……。
「フフハッ……ふはははぁ……! お前の指揮の元ぉ、あれと戦えるとは光栄だなぁ……」
「呑気な……。ったく、こいつは本腰を入れねば勝てぬな」
「だなぁ……? で、あれが魔王軍全戦力なのかぁ……?」
「それはないだろう。魔王城だったか。そこに兵を少なからず割いているはずだ。だが、主力と見ては良いだろうな」
「じゃあ、あれを倒せばぁ……」
「勝利に手が届く」
全国に宣戦布告をして、半端な戦力で来るはずがない。
それに今回、向こうは攻手だ。
ここ、ローデン要塞での戦いを足掛かりとして、次々に各国を襲って行く算段なのだろう。
その重要な役目を果たす為の兵が、半端なわけがない。
勿論こちらもそうだ。
故に、今回の戦いは……。
「兵を死なせば敗北が濃くなる」
「はっはぁ……主力同士のぶつかり合いかぁ……。悪かねぇ……」
今思えば、柳はそれも目的としていたのかもしれない。
ここでどちらかが大敗すれば、戦況は大きく傾いてしまうだろう。
そのことを確認した木幕は、馬車の中に戻る。
「進んでくれ」
「あいよぉ……」
槙田はまた炎を使って雪を解かす。
向こうからはこれも見ているはずなので、少し騒ぎになっているかもしれない。
だがまぁそれでも問題はない。
自分たちが来たということを今回は表に出していきたいのだ。
「さて、誰が居るかね」
ローデン要塞に到着するのが楽しみになっている木幕だった。
◆
西の薄っぺらい城門を通り抜け、木幕たち一行はようやくローデン要塞へ辿り着くことができた。
だが予想していた通り、数十人の兵士に囲まれる。
「槙田よ、少し派手に暴れすぎたな」
「俺のせいかぁ……? だがお陰で物資も運べただろぅがぁ……」
兵士たちは怯えた様子で、槙田と閻婆を取り囲む。
やはり高ランクの魔物がここに居るとなると、誰も黙っているわけがないかと頬を掻いた。
すると、その状況を見た運び手数人がこちらへと走ってくる。
「ちょちょ! 兵士さん! この人たちは大丈夫ですよ!」
「そうですよ! 雪を溶かして道を作ってくれたんだ!」
「だが魔物だぞ!」
「運搬してる時も今も、この魔物は誰も襲っていませんでしたよ?」
「なに……?」
にわかには信じられないといった様子で、兵士は再び槙田を睨む。
とりあえず彼らに任せておいた方が、今は騒ぎを抑えることができそうだ。
「フフ、やっぱりこうなりますか。今までは逃げていましたけど、今回はそうもいきませんからね」
「何故姉上は少し楽しそうなのですか……」
「今までさんざんあの御者に振り回されましたからね……」
「さすが姉上だ……。妙なところで恨みを持つ……」
「何か言ったかしら?」
「いえ何も!!」
ピシっと背筋を伸ばしてそっぽを向く西形。
誤魔化す気はそもそもない彼ではあるが、叩かれるのは勘弁願いたいので二度は言わない。
その様子を苦笑いで見守るレミやスゥは、木幕たちの方を見る。
どうやら運び手たちが助け船を出してくれたこともあって、大きな問題にはならずに終わったようだ。
それにほっと胸をなでおろしてから、そちらへと近づいていく。
「とりあえず、無事に入れたな」
「ああぁ……。さて、軍議は何処で開かれているぅ……?」
「そうであるなぁ……」
軍議が開けるような場所はあっただろうかと考えてみるが、木幕の記憶の中にはそう言った場所はあまりない。
あるとすればギルドくらいだが……そこに居るだろうか?
とりあえず元勇者のメディセオか、冒険者ギルドマスターのドルディンに話を聞ければいいのだがと思うが……案の定近くには見当たらなかった。
しかし兵士が多い。
ここに来る前にも多くの兵士を見ていたし、今も甲冑を見に纏っている者たちが多くいる。
一体どれだけの手勢がここに集まっているのだろうか。
この場所からではそれを把握することはできない。
とりあえずまずはギルドにでも行ってみて、話を聞いてみることにしよう。
そう思った木幕はそれを全員に伝えて移動することにした。
ギルドへと向かうと、そこは冒険者や兵士がひっきりなしに出入りを繰り返している。
戦争の準備ということで、ここも忙しいのだろう。
そういえばあの時もこのように慌ただしかったことを思い出す。
今回もここが司令塔になっているのかもしれない。
そして、ローデン要塞にいる者たちは木幕のことをよく知っている。
あの戦いで大きな功績を残し、ボレボアを討伐してローデン要塞の危機を教えてくれた重要人物だ。
誰もが木幕を見ては、軽く挨拶してくれてここに来てくれたことに感謝の意を述べてくれた。
「助かります! 今回もローデン要塞の指揮をお願いしたい!」
「そ、それは構わぬが……良いのか?」
「いいに決まっていますよ! なぁ!」
「そうですよ! 逆にそっちの方がありがたいです!」
あっと言う間に囲まれてしまった木幕を遠目に、残された者たちはくすくすと笑った。
随分な人気だ。
だが槙田は少し詰まらなさそうに口を尖らせた。
「俺もぉ……ああなりたかったなぁ……」
「ぶっ! あはははははははは! 槙田さんがそんなことを言うとは!」
「当初は名を轟かせてぇ……侍を集める算段だったんだぁ……」
「ああ、その手もありでしたね」
槙田の言葉を聞いて豪快に笑う西形と、納得したように頷く水瀬。
効率としてはただ旅をするよりも、そっちの方が良かったかもしれない。
だが木幕はそもそもこんなところで有名になろうとなどは考えたことがなかったため、彼の考えには首を傾げるしかなかった。
だが向上意欲があるというのはいいことだ。
それだけ高みへと昇ることもできる。
しかし、やはり槙田がこう言うと違和感しかないのだった。
「目立ちたがり屋何ですか? この人」
「さ、さぁ……。私も知りません……」
「っ」
ばだんっ!!
ダダダダダダッ!!
二階の扉が豪快に開け放たれる音がした瞬間、廊下を誰かが走って階段を降りてくる。
その音は作業をしていた者たちにも届いており、誰もが一瞬しんと静かになった。
「木幕!! 久しぶりじゃないかね!!」
「ドルディンか」
既に戦闘服を着こんでいるローデン要塞ギルドマスター、ドルディン・マンドレイ。
どうやら木幕を見た一人が彼に連絡を入れたらしく、こうしてすっ飛んで来たのだ。
懐かしい顔を見てドルディンは素早く移動し、木幕の肩を叩いて再会を喜んだ。
「本当に久しぶりだね! 君が来てくれて助かった!」
「大袈裟だな。お主らも実力者揃いなのだ。某がおらずとも何とかなるだろう」
「……そ、それがだな……」
「む?」
ドルディンは言い淀む。
その顔も少し真剣で、困り果てているといった様子だ。
何を抱えているのだろうかと思って言葉を待っていると、また誰かが階段から降りてきた。
「木幕!!」
「バネップ殿か!」
「はははは! 久しぶりであるな!」
「バネップ様ぁー!! 待ってくださいませぇ!」
ルーエン王国の公爵が一人、バネップ・ロメイタスが大きな声で木幕を呼んだ。
その後ろからは彼の使用人であるリューナ・エイリックがバネップを呼び止めながら降りてくる。
相変わらずなお方だと木幕は少し呆れたが、変わりがない様に嬉しくも思った。
「わぁ! リューナちゃん久しぶり!」
「っ! っ!」
「ふえ? わあ! レミさんじゃないですかー! スゥちゃんも!」
こちらもこちらで再会を喜んでいる。
会うたびに懐かしい顔ぶれが揃い始めていた。
心強い者たちばかりである。
しかし公爵がこんな所に足を運んでくるとは。
「やはり血には逆らえぬか」
「はっはっはっは! その様じゃ! 木幕のことはドルディン殿とメディセオ殿からよく聞いておる。……それと少し問題もあってな」
「これだけの兵が揃ったのだ。問題の一つや二つ、出て当然である」
「そうだな……。とりあえず木幕も会議に参加するのだ。良いか?」
「元よりそのつもりだ。ローデン要塞の者たちは、ありがたい事に某を慕ってくれている様だからな」
その言葉に、ローデン要塞で共にあの戦いを乗り切った者たちは力強く頷いた。
本当に様々な場所に影響を及ぼす人物だと感嘆しながら、バネップも頷く。
「ではこちらへ参れ。他の者たちはどうする?」
「参加するのは某と槙田、あとは西形だけでよい。水瀬、某は今日にでも会いに行くつもりだ。その準備を頼む」
「分かりました」
「他の者は体を休めろ」
それだけ言い残して、木幕たちを含めた五人は二階へと上がっていく。
それに続いて慌てたようにしながらリューナもバネップの後を追って行った。
「……水瀬さん?」
「何かしら?」
「師匠……何処に行くつもりなんですか?」
「フフ、決まってるじゃない」
水瀬は手を合わせて可愛らし気に首を傾げる。
「魔王の所」
『……え?』
その話を聞いていた全員が、同じ言葉を発した。
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