10.15.閻婆が走る
相変わらず大きな音を立てながら、フレアホークこと
魔物がどうして槙田に従っているのかは謎だが、恐らく打ち負かしたことが原因なのだろう。
強者には従うという本能が宿っているのかもしれない。
マークディナ王国を出発して一日が経過した。
奇術についてのことは、大体レミとエリーに聞くことができたので、あとはあの空間にいる彼らが何かを考えてくれるだろう。
行きたいときに行けないのがもどかしいが、まだ集めることができている情報は少ない。
今行ったところで有意義な話し合いはできないだろう。
しかし問題は季節だ。
冬になればローデン要塞は大寒波が迫り、大雪が降って兵士たちの移動が困難になってしまう。
魔王軍にとってはこれ以上良い攻め時はない。
これは柳が好きな戦法だ。
彼は攻める戦が得意であり、綿密な調査を実施してから各国の情勢を探り、一番良いタイミングで攻め込む。
長い時間を使用して戦を行うのだ。
それ故に、勝率はとても高い。
「季節のことが頭から抜けていたとは……自分で呆れる」
「まぁ気が付いていなくても向こうに行けばどうせ分かることでしたし、気にしなくてもいいのではないですか? 魔王軍も冬にしか攻めるつもりはないみたいですし」
「まぁそれもそうだな。それに、何かあれば槙田が雪を溶かしてくれるだろう」
「あぁ……?」
焼いた骨付き肉にかぶりつきながら、槙田は首を傾げた。
豪快に引き千切って大きな肉片を口に納め、咀嚼する。
「かってぇなぁ……これぇ……」
「ただ焼いただけですからね。それに魔物のお肉です。筋が多いんですよ」
「ま、関係ねぇけどなぁ……」
閻婆の上で肉を食う槙田は、手に持っていた骨をぽいと捨てた。
今はゆっくりと走らせている為、馬車の中の揺れも落ち着いており座ることができる。
休息の時間は御者にも乗っている者にも必要なので、休む時だけはゆっくりを走らせているのだ。
干し肉を食べ終わった西形は水袋に口を付けて、口の中に残っている塩っ気を流し込む。
一息ついた後、馬車の外を見る。
そこには何もいないのだが、一行は軍勢の横を昨日の間に通り過ぎていた。
「一日も経たずにマークディナ王国兵に追いつくなんてね~」
「予想より遅い方だぁ……。今日で孤高軍とやらに追いつくぞぉ……」
そこで槙田が立ち上がる。
馬車に乗っていた全員も同じように立ち上がって何かに掴まった。
こうしておかなければ酷い揺れで体が痛くなるのだ。
ダンッと閻婆を踏みつけると、閻婆が鳴いて走り出す。
何と荒い手綱なのだろうか。
しばらく閻婆を走らせていると、槙田は妙なものを目撃する。
遠くで数名がこちらを見て何かをしている様だ。
なんだと思って目を凝らしていると、風を切る音が聞こえてきた。
「チッ。閻婆ぁ……」
「ギャワワッ!」
飛んできた矢を閻婆は回避する。
それによって馬車が大きく揺れたが、ほとんどの者は馬車に掴まっているので耐えることはできた様だ。
スゥは転がって西形の足を踏みつけた様だが。
「いてっ」
「っー!!」
「はいはい、掴まってね」
スゥの背を支えて、馬車に掴まるように指示する西形。
手助けもあってスゥは今度こそしっかりと馬車に掴まって耐える体制を作る。
更に西形がそれを支えるようにして腰を落とした。
「槙田! どうした!」
「敵襲だぁ……! 閻婆を見て恐れたのだろうぅ……」
「何とかなるか?」
「心配ぃ、ご無用ぅ……!」
ギッと射手を睨みつける槙田。
標的を確認したことで一気に熱が上がり、紅蓮焔と閻婆が火を噴きはじめる。
槙田はそれを押し留めさせ、まずは近づけと閻婆に指示を出した。
初撃を外してしまった彼らは、慌てたようにして森の中へと引っ込んだ。
だがそう簡単に諦めてなるものか。
喧嘩を売ってきたのは向こうなのだから、せめて金品は置いて行けと槙田は笑って追従した。
「山賊かぁ……」
見た目からして孤高軍ではない。
であれば手加減は一切無用と判断したので、閻婆の最大速度を持って追いかけることにした。
その際馬車が酷く揺れてしまうが、今回は大丈夫だったらしい。
一歩で七、八メートルを跳躍して飛ぶように走る閻婆はすぐに盗賊へと追いついた。
そして一人に喰らいつく。
「ぎゃああああ!!」
「噛み千切れぇ……」
「あぎゅ……」
盗賊の上半身と下半身が泣き別れ、地面へと落とされた。
そのまま木々をなぎ倒して山賊を追っていく。
森の中なので移動は難しいかもしれないと思っていたのだが、閻婆の力任せの走りで無理矢理道を切り開く。
馬車にダメージが蓄積されていくが……まだ大丈夫そうだ。
だが乗っている者からしたらたまったものではない。
「ええい! 槙田! 止めさせよ!!」
「ぬぁ……? 良いところだったんだがなぁ……」
渋々と言った様子で槙田はつま先でトントンと閻婆を叩いた。
それを感じ取った閻婆はすぐに足を止め、口の中に残っていた肉をべちゃっと吐き出す。
まったくとんだじゃじゃ馬だと、木幕は頭を抱える。
なんでこいつが御者なのだろうか。
ようやく止まった馬車の中では、誰もがぐったりと腰を下ろしている。
これでは先ほど休んだ意味がない。
なのでしばらくここで休もうということになった。
「情けねぇなぁ……?」
「某は問題ないが、他の者たちは耐えられぬ。それに某が何とかなるかと言ったのは殲滅できるかという意味ではないぞ」
「閻婆も本気で走りたがってたしなぁ……? なぁあ……?」
「ギャワッ」
「無駄な戦いは不要だ。移動を優先すべきである」
「それもそぉかぁ……。悪かったなぁ……」
口では謝罪の言葉を述べるが、その顔はしてやったりといった風だった。
まったく反省していないなと嘆息しながらも、彼しか御者は任せられない。
少しは大目に見てやるかと自分を納得させた。
「まったく、これでは孤高軍と合流するのが明日になるぞ」
「そうですよー。槙田さんもうちょっとゆっくり走らせてください」
「わぁーったわぁーったぁ……。はぁ、面倒くせぇ……」
木幕とレミに再度注意され、槙田は両手を軽く上げてそう言った。
これで楽になるといいのだが……。
「っ? ……っ! っ!」
「え、んっ? どうしたんですかスゥさん……」
スゥは何かに気が付いたようで、近くにいたエリーの服を乱暴に引っ張った。
その後、スゥは近くにあった枝を拾って地面に文字を書き始める。
文字を書くということは、それ程ひっ迫した状況ではないのだろう。
誰もが落ち着いてスゥを待った。
近くにいたエリーは、地面に書かれていく文字を口にする。
「孤高軍が、近くに……いる?」
「っ!」
「え、本当に?」
大きく頷いた後、スゥは一つの方角を指で示す。
ここからではまだ何も見えない。
だがスゥが言うのであれば、この先に孤高軍がいるのだろう。
「では行ってみるか。槙田、ここで待て」
「仕方ねぇなぁ……」
今回は木幕とレミ、エリーだけで向かうことにする。
残りの者たちはまた槙田が何かやらかさないかを見てもらうことにしたのだった。
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