10.14.新しい馬車


 新しい馬車を手に入れたので、槙田はすぐにロープをフレアホークに結んでいく。

 空を飛んで一行の動きを把握していたので、タイミングのいいところでさっと降りて来てくれた。

 今まで馬車を引いてくれた馬は返しておくことにする。


 レミがそれを担当してくれたので、あとは帰りを待つだけだ。


「よぉしぃ……。で、その女は何だぁ……?」

「協力者ですよ」

「あ、もうそれでいいですぅ……」


 仲間たちから裏切られたことが多少ショックだったのか、元気がなくなっている。

 だが快く付いてきてくれることになったので、結果としては良いだろう。

 それに満足している水瀬は、ニコニコと笑って馬車に乗るときの注意点を説明してくれた。


「え? 立つ……?」

「というかお主、馬のことには何も言わぬのだな」

「……あれ、そう言えば馬ってレミさんが……じゃあ今は何がこの馬車を……?」


 馬車の中から、今牽引をしているはずの動物を見てみる。

 フレアホークは後ろを振り向き、エリーと目が合う。


「ギャワワッ」

「のーーーーわぁーーーー!!?」


 ズザザッと後退して馬車から落っこちる。

 何をしているんだと呆れながら、槙田に大人しくさせておいてくれと念を押しておく。

 勝手に驚いただけだろうと軽い愚痴をこぼして、彼はフレアホークの背に座り込む。

 本当によく懐いているものだ。


「なな、ななんでフレアホークが!?」

「手懐けたらしいのだ」

「こんな魔物を!? え!?」

「慣れろ」

「無茶な! これに引っ張ってもらうんですか!? そ、そうか……だから立って運んでもらうのか……? え、本気?」


 これはレミが帰ってくるまでに妥協してくれるか不安だ。

 まぁ放っておいても問題はないだろう。

 どうせ強制的に連れて行くのだから。


 さて、ここにエリーも来たのだから、彼女にもいろいろ話を聞いてみたいものだ。

 今は難しいだろうが。


「っ」

「む、戻ったか」


 スゥが木幕の腕を軽く叩き、指を指す。

 その方向を見てみれば、レミが小走りでこちらへと走ってきていた。

 これで出発ができる。


 レミは軽い足取りでひょいと馬車に乗り込んだ。

 その後すぐに後ろを振り向き、エリーに手を差し出す。


「行きますよー」

「ま、まじですかぁ……」

「まじです」


 エリーはレミの手を取り、立ち上がって馬車に乗り込む。

 なんだかいろいろ諦めた表情をしているが、そんな事はお構いなしと言った様子で槙田は立ち上がる。

 足でトントンをフレアホークに指示を出し、ぐっと力を入れさせた。


「行くぞ閻婆えんばぁ……」

「ギュワワワッ!!」

「閻婆って……」


 フレアホークが叫んだ後、馬車がガラガラと音を立てて加速していく。

 人が一人増えたところでその速度はまったく変わらない。


 次に向かうのはアテーゲ領だ。

 あそこでは海賊たちがどのような行動をとるのかを確認しておきたい。

 それと馬車の交換だ。

 運が良ければ、海賊たちに出会えるかもしれない。


「あのー水瀬さん。えんばってなんですか?」

「本当に槙田さんは悪趣味な名前を付けるものね」

「僕も同意です……」

「レミさんに言っても分からないかもしれないけど、まぁ説明してあげるわ。閻婆っていうのは私たちが居た世で地獄の最下層に棲むと言われている怪鳥のことよ」


 閻婆えんばとは、八大地獄の最下層、阿鼻地獄あびじごくの十六別処の一つ、閻婆度処えんばどしょに棲むと言われている巨鳥だ。

 四メートル程の身の丈を持ち、鋭い嘴からは炎を出している。

 そういう点で見れば、確かにフレアホークとほぼ同じ大きさと特徴を有している様だ。


 地獄に棲む鳥なので、勿論罪人を苦しめる。

 それだけはフレアホークとは違うのだが……。


「にしたって悪趣味だわ……」

「地獄っていうのは何ですか?」

「死後の世界のことよ。善い行いをした者は天国へ、悪い行いをした者は地獄へ……。まぁこの辺りは槙田さんに聞いた方がいいわね。聞きたいのでしたら、だけど……」

「え、遠慮しておきます……」


 なんだか字面だけでも不気味だ。

 これ以上深く聞くのは憚られたので、大人しく荷台に掴まっておくことにした。


 だがフレアホークのその名前は、槙田らしいと言えばらしい。

 逆に彼が普通の名前を付けるのは奇妙だ。

 失礼な話かもしれないが、槙田にとっては褒め言葉となるだろう。


 向こうの話が終わったようなので、木幕はエリーに話しかける。

 聞いておきたいことが多くあるのだ。

 この世界について知っている者がレミ以外に同乗してくれたのはありがたい。


「エリーよ。奇術について知っていることを教えてくれないか」

「奇術?」

「あ、エリーさん。魔法のことです」

「ああ……」


 木幕たちはまだ魔法について詳しく知らない。

 知っているのは今まで対峙してきた者たちの奇術だけだ。

 それ以外に何かあるのであれば、すべて知っておきたかった。


 なんで知らないのかとエリーは一度首を傾げたが、そう言えばこの人たちはこの世界の人ではなかったことを以前あの場所で話していたことを思い出す。

 そこで一度納得し、説明をしてくれた。


「魔法は多くあります。炎、水、雷、風、土、光、闇。この魔法は扱いやすく、多くの魔法使いが使っています。ですが、氷、回復、爆破、身体強化を所有する魔法使いはほんの一握りです」

「なるほど」

「それと、魔法を極めていくと無詠唱、短略詠唱が扱えるようになると言われています。無詠唱は言葉に魔力を乗せずに一瞬で発動させるもので、短略詠唱は短い言葉に魔力を乗せて発動させるものです」


 意外と多かった。

 だが今まで見たことがない奇術はほとんどない。

 扱いやすい魔法は闇魔法以外はすべて見ている。

 氷魔法は津之江、回復魔法はバネップに仕えていた少女、リューナ、爆破はローデン要塞で戦った魔族とボレボアが、身体強化は恐らく葛篭と石動のあれだろう。


 しかしあれが珍しい部類に入る奇術だとは思わなかった。

 あまりそういった知識は木幕にもレミにもないのだ。


「武器を持つ戦士でも、使えるのか?」

「魔法剣士という職業があります。その人であれば使えると思いますよ。大体の勇者さんがそうですね」

「なるほどな」


 リーズレナ王国であった勇者一行のガリオルも、今では何かの奇術を使って戦うのだろうか?

 自分と戦った時は使っていなかったが……。

 まぁそれは置いておこう。


「戦には使えそうだな」

「逆に使わないと絶対に勝てませんって……」

「ああ、それとマークディナ王国の兵士は出兵したのか?」

「はい。三日前ほどですが、移動を開始したはずですよ」

「そうか。では攻城兵器などについて詳しいか?」

「あ、その辺は専門外です」

「左様か」


 であれば、あとは魔物について聞くだけだ。

 武器のことも彼女は詳しく知らないだろう。

 こういうのは冒険者の者に聞いた方がいいかもしれない。


 魔物についてはゆっくりと聞いていこう。

 どうせ一度では覚えることができないのだ。


 ガダンッ!

 馬車が小石を踏んだようで大きく跳ねる。

 だが新しい馬車なのでそう簡単に壊れるはずもなく、そのまままた進んで行った。

 危ないのでもう少し馬車に気を使っておこう……。

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