9.11.死にかかっている山


 今日にでも山頂に到着する気満々の木幕を背に、レミとスゥは息を切らしながらついていっている。

 最初は楽しく山を登ることができていたスゥだったが、ここまでキツイ勾配の山を登っていくとなると流石に疲れてきた。

 それはレミも同じだ。

 途中で拾った枝を杖にしながら登ることで少しは楽になったが……そろそろ限界である。


「し、師匠……今日はここで休みませんか……?」

「む?」


 後ろを振り返った木幕は、息の一つも切らしていない。

 体力無尽蔵かと心の中で呟きながら、へたりと地面に座り込んだ。

 スゥは地面に寝そべってしまう。


 太陽の位置を見てみるが、まだ日は高い。

 今いる場所は比較的なだらかな場所だ。

 日がある内は登ろうと考えていた木幕だったが、これから先このように休みやすい場所があるとも限らない。

 それに二人はもう限界のようなので、レミの提案に頷くことにした。


「それもそうか。では今日はここで休もう」

「よかったぁ~……」

「っー……」


 情けないとは言うまい。

 むしろここまでよくついてきた方である。

 しかし予想よりこの山は登りにくく、山頂に行くのに迂回をし続けなければならなかった。

 無理をすれば登れるが、それで怪我をしてしまっては元も子もない。

 安全な道を歩いていくのも山登りとしては大切な事である。


 ここで休むことが決定したものの、既に体力が限界の二人は動く気配すら見えない。

 焚火の準備でもするかと思って、その辺りから手のひら大の石を探しはじめる。


「そういえば師匠」

「なんだ?」

「よっと……。なんで山が死にかけてるって分かるんですか? 枯れている木とかほとんどないし、葉っぱも結構ついていると思うんですけど」


 立ち上がったレミは、周囲を見る。

 確かに見上げれば葉っぱが生い茂っており、日の光は地面に差し込んできていない。

 何処を見てもそんな場所が続いている。

 枯れている木もなければ、折れているような木もない。


 この状態をパッと見て山が死にかけているとは到底思えなかった。

 少し起伏の激しい山とくらいにしか思わないのだ。

 動物も出てきたし、まだ豊かなのではないかと思う。


 だが木幕はそれに首を横に振る。


「この状態こそが手入れがされなくなった証拠だ。昔はこの辺りまで人の手が届いていたのだろう。木を見ればそれは分かる」


 そう言って、木幕は一本の木を指さした。

 背の高い樹木であるが、痩せている。

 その木の中腹より少し上あたりに、枝が切り落とされたであろう箇所を発見することができた。


「あれは?」

「間伐の後だ。森林が茂り過ぎるのを防ぐために、木の枝を切って日の光を遮らないようにするための手入れ方法だ。お主の村ではしていなかったのか?」

「私は畑仕事が主でしたので……」

「まぁ女に山仕事はさせぬわな」


 間伐を行う理由は、地面に日の光を入れることにある。

 他にも木の成長に必要な事でおり、一番重要な理由だ。

 下層植生が消失することを防ぐ。

 雑草は木々が大きく強く成長するのには必要不可欠な存在なのだ。


 薬草になる草や、食べることのできる草も森や森林の中で群生する。

 光が届かなければその植物たちは死んでしまう。


 昼だというのに暗い森は、間伐が放置されているが所以ゆえんのものなのだ。

 下層植生が消失すると細かな根が消える。

 木の幹は細くなり、地面に伸ばす根も少なくて済むようになってしまう。

 それによって表土の流出が著しく起こるようになり、森林の水源涵養かんよう機能(※土壌が降水を貯留し、川へ流れ込む水の量を押さえて洪水を緩和する機能)が低くなる。


 それによって起こるのは、洪水や土砂崩れなどの自然災害だ。

 水を蓄えてくれる土壌が流れれば、山に降り注いだ雨はすぐに川へ合流する。

 木が細くなれば地面を支える力がなくなり、土砂が崩れる。

 放置していいことなど一つもないのだ。


「間伐ってそんなに大切なんですね……」

「うむ。加えて木も切らねばならん。間伐だけでは日の光を入れるのに十分ではないことも多いからな」

「えっ、切っちゃっていいんですか?」

「むしろ切らぬ方が山に悪いのだぞ」


 無駄な木は切らなければならない。

 だが切った木も有効活用すれば、山も怒ることはないだろう。


 それに適度な伐採をしなければ、木が伸びすぎて台風などが起こった時に倒壊することもある。

 細い木の群生地は危険なのだ。


「さて、どうしてここまで放置したのか……」

「あの村が貿易路になったから……ですよね?」


 レミの言う通り、そういうことだろう。

 目の前の利益に目が眩むのは分かるが……。


「さ、早く動け」

「あっはい」


 まだ野営の準備がまったく進んでいない。

 明るい内にすべてやっておきたいので、作業を開始することにする。

 だが、いつあの鹿のような存在が現れるか分からないので、警戒だけは怠らないように注意した。

 とはいっても、疲れているので雑なものだったが。

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