9.10.手ごわい相手


 見晴らしのいい山頂は風がよく通る。

 こうして綺麗な風景を見ながら旅をするのはとてもいいものだ。

 だが今は旅をしていない。

 この山に滞在して山の回復に専念をしているところだ。


 今船橋牡丹がやっている事は、この山の全景の把握。

 山頂からだと把握がしやすいのだ。

 地面に足を付けている必要があるが、それは普通のことなので気にはしていない。


 この山は麓付近はなだらかだが、登っていくにつれて勾配がキツくなっている。

 動物たちであれば簡単に登れるだろうが、人間がこの山の山頂を目指すとなれば大きく遠回りをしなければならないだろう。

 船橋も遠回りをして登ったのだ。

 彼らも同じ道を歩いてくるはずである。


 しかし予想よりも相手の動きが速い。

 随分と山に慣れている人物が一人居るようだ。

 だが他二人はまだ慣れてはいないようだが、その内の一人は子供なのであまり山登りに苦戦していない。

 さすが子供というべきか。


「……んー、厄介だねぇ~……」


 奇術を使っても相手の顔を見ることはできない。

 精々声を届けて警告をするだけだ。

 この山に入ってきたのは恐らくあの村に立ち寄った旅人だろう。

 これ以上人が入らないように、伝達で法螺を流していたのだがそれでも来る者は来るようだ。

 だがこれは排除すればいいだけなので、別にどうということはない。


 予定では既に鹿たちの攻撃で山の肥料になっている……はずだったのだが、彼らはなかなか強い。

 熊を仕掛けても怯むことなく簡単に倒してしまった者たちだ。

 であれば遠距離の攻撃で倒そうと思ったのだが、彼らもまた遠距離の攻撃手段を有していたらしい。

 それで奇術を付与した鹿たちが死んでしまった。


 船橋牡丹の奇術は、今まで木幕たちが出会ってきた者たちとは一線を置く。

 彼女の奇術は攻撃魔法ではない。

 それに加えて五種類の能力を有していた。


 まず一つは動物との会話。

 この山に起こったことを動物たちがすべて説明してくれた。

 初めて使った時は大層驚いたが、慣れてしまえば可愛いものだ。


 二つ目は動物指揮。

 山にいる生物であればなんでも操ることができる。

 とはいっても、ある程度指示をするだけで実際に動くのは動物たちだ。

 強制力はないが、彼らに提案をすることができる能力である。


 次に地形把握。

 地面を足に付けている状態でなければ発動しない。

 これで把握できるものは、地形と動物たちの位置、山の状況などである。


 次に木々伝達。

 木幕たちに声を送ったのはこの技能だ。

 そして村人たちに嘘の情報を流したのもこれである。

 山の声も聴くことができるのだが、未だ出て行け出て行けとうるさい。

 最初よりは静かになったのだが、それは恐らく船橋がこの山を回復させようとしている事を察したからだろう。


 そして最後が、奇術付与。

 動物たちは生まれながらに魔力を持っている。

 これは人間でも同じことなのだが、人間は自分でその道を花開かせる。

 だが動物はそうはいかない。

 教えてくれる人がいないのだからそれも仕方がないだろう。


 そこで船橋が、彼らの内に秘める能力を開花させる。

 先ほどの鹿がそれだ。

 彼らは風の奇術に適性があったらしく、少しやり方を教えるとすぐに扱いを覚えてくれた。

 動物というだけあって、適応力は凄まじい。


「やられちゃ意味ないけどね」


 さて、次の策を考えなければならない。

 この調子だと彼らはすぐに山頂に登ってくる事だろう。

 あの奇術使いが厄介だと思いながら、地形を見て回って使えそうな物がないかを探していく。


「おや?」


 枯れ木たちが数十本倒れている場所がある。

 この辺は既に死んでいるのかとがっかりしながら、策を練っていく。


 木が痩せて土砂も崩れている場所だ。

 さすがにこの辺は人の手が入らない限り回復はしないだろう。


 彼らが通ってきている道から察するに、その場所を通るはずだ。

 であれば、土砂崩れを起こして始末してしまおうと考えた。

 あそこまで崩れかかっている場所があるのであれば簡単だ。


「よし、次こそは」


 船橋は日本刀の鯉口を、キンッと切った。

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