8.30.崩壊


 大股で踏み込んだルドリックは、辻間に向かってロングソードを振るう。

 だがそれは難なく回避され、二人は距離を取ることになった。


 勇者の登場により、青ざめていた兵士たちの士気が少しずつ回復してきている。

 こんな奴の登場というだけで士気が回復するとは、どうやらこの辺にいる者たちは単純らしい。

 もっと強い者でなければ普通効果はないはずなのだが。


 そんな事を考えながら、辻間はじりじりと後ろへ下がる。

 場所はもう少し後ろだ。

 そこにあいつを誘導すれば、今回は勝ったも同然である。


「……女二人は居ないのだな」

「ああ? 今日は置いてきたさ」

「では好都合だ。俺の魔法の邪魔はされないな」


 ロングソードを一振りすると、火球が一つ生成された。

 メラメラと燃える炎の塊がルドリックの後ろで揺れている。


 そう言えばこいつは奇術使いだった。

 面倒な相手だったことを再確認して戦闘態勢を取る。

 これはこちらに強制的に引っ張ってきた方がいいかもしれない。


 分銅を振り回す時に、遠くで弓を構えていた兵士を斬り飛ばす。

 この奇術の射程距離は随分と長いので、こんな事も可能なのだ。


「っ! 皆の者! 手を出すな!」

「し、しかし……!」

「お前たちでは勝てない! 怪我人の救助を急げ!」

「は、はっ!」


 勇者から直接指示を受けた兵士たちは、慌てた様子でその場を後にして救助活動へと移った。

 既に死屍累々となっているが、それでも生き残りを探して誰もが駆け回る。


 それを確認したルドリックは、再度剣を構え直して辻間を睨む。

 相手は一人。

 更に魔法を切り裂く女は見当たらない。

 自分の剣と魔法で同時に押せば、勝てる未来は見える。


 今対峙している男は遠距離攻撃に敏感で、弓兵や魔導兵を先に処理してしまう。

 だがそれは、彼が遠距離攻撃に対する対策を持っていないということになる。

 勝ち筋はそこだけしかない。

 なのでこのマジックウエポンの炎魔法がどれだけ通用するかによって、勝率が変わってくるのだ。


「余裕だなぁ? 雑魚がなにしようが変わらねぇぞぉ?」

「フン、言っているがいい」

「にしてもお前、何も知らねぇのか?」

「……何の話だ」


 辻間は、はてと首を傾げた。

 昨日攫ったのはこいつの弟だ。

 それを知れば多少慌ててこの場に現れるとは思っていたのだが、この様子だとまだ自分の弟が攫われたという事実を知らないらしい。


 あれから家に帰っていないのだろう。

 仮にも勇者だ。

 引っ張りだこになって家に帰る時間がほとんどないのかもしれない。


 まぁそれであれば好都合。

 実際にご対面した時の表情を見るのが楽しみである。


「なんでもねぇよ。おら、さっさとしろや」

「言われずとも!」


 火球が音を立ててこちらに接近してくる。

 人ほどの大きさを持つ火球はやはり厄介だ。

 とりあえず自分の持つ奇術で応戦してみるのだが、あまり効果はないらしい。


 風と火では相性が悪いのだろう。

 風を起こせば火は燃え上がる

 今やったのはそれと同じことなので、少し火球が燃えあがるだけで終わってしまった。


 とりあえず火球を避けて距離を取る。

 ルドリックから離れると操作性が少し悪くなるらしく、火球は地面にぶつかってはじけ飛んだ。

 火の粉が飛び散って地面を焦がす。

 なかなか温度が高いようだ。


 動きが制限されるのであれば、間合い的有利は辻間にあった。

 一度に二つ火球を生成できないのであれば、一つが消えた瞬間に詰め寄って叩けばいいだけの話。

 それに一度消えると再召喚に若干の間が生じる。

 すぐに出現させれないのはそのせいだろう。


 ダンッと地面を蹴って肉薄する。

 様子見で火球だけを飛ばしていたので、その反撃に反射で対処した。


 ギャリン!

 鎌がロングソードにぶつかる。


「んっ?」


 この一撃を喰らって、ルドリックは首を傾げた。

 軽い。

 戦闘力では自分よりも上である彼の今の攻撃は、予想以上に軽かったのだ。

 殺しにかかっているような、そんな力強いものではない。


 なので、簡単に鎌を吹き飛ばすことができた。

 手から離れた鎌が、上空へと飛んでいく。

 とは言えこれはチャンスだ。

 振り上げた状態のロングソードを再度握り直し、相手へと叩きつける。


 その瞬間、目が合った。

 彼は驚いている様子などまったくなく、ただただ不敵な笑みを浮かべて楽しんでいたように思える。

 ここでようやく理解した。


 罠だ。


 いつの間にか投げ出されていた分銅と、吹き飛ばされた鎌にくっついている鎖を思いっきり引っ張った。

 その二つは辻間の方へと戻ってくると同時に、風魔法を発動させて地面を穿つ。

 酷い揺れに立っていられなくなり、思わず剣を地面に刺した。


「な!?」


 前を向いてみれば、地面が高くなっている。

 いや、これは自分が地面に沈んでいるといった方が正しいだろうか。


「き、貴様……!」

「まぁまぁ、ちょっと付き合えや」


 地面が砕かれ、重力に従って二人は落ちて行く。

 その様子を見てしまった兵士たちは、空いた穴に向かってルドリックの名前を叫んでいたが、それが彼に届くことはなかったのだった。

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