8.29.作戦開始


 周囲の建物は刻まれ、多数の死者や怪我人が出ていた。

 地面には巨大な刃物で切りつけたかのような斬撃の跡が残っており、兵士と思われる人物の死体が何十人も転がっている。

 大通りのど真ん中で、高らかに笑う男がそこに居た。

 彼は鎖に繋がれた分銅を振り回し、振るうと同時に斬撃を周囲へと飛ばしていく。


「いいぞぉいいぞぉ! フハハハハハ!」


 また分銅を振り回し、斬撃を飛ばす。

 それによって盾を構えていた兵士を数人斬り飛ばした。

 鮮血が周囲に舞い、隣にいた兵士の顔が青くなる。


 魔法兵を瞬殺した辻間は、大きな声を上げながら注目を集めていた。

 これが今回の作戦の第一段階である。

 とにかく騒いで勇者をおびき出す。

 彼が居なければこの作戦は始まらないのだ。


 正義感の強い人物であれば、何度負けようともこの場に必ず現れる事だろう。

 だが騒ぎすぎて兵士が多くこの場に集まってしまった。

 だからどうということもないのではあるが。


「おい! 早くあいつを仕留めろ!」

「無理ですよ! どうするんですかあの魔法! 見えない斬撃なんて防ぎようがないです!」

「魔法兵はどうした! 弓兵は!」

「到着した瞬間やられましたよ!」

「化け物か奴は……!」


 自分にとって不利な相手を瞬殺する判断力。

 一切を近づけさせない攻撃力に加え、攻撃が予測できない武器。

 鞭の使い手でなければあの攻撃をかいくぐることはできないだろうが、そう言った武器は一般的に使われはしない。

 拷問の道具でしか使用されないからだ。


「おらおらどうしたぁーい! かかってこいやぁ!」


 辻間が分銅を高速で振り回す。

 分銅が一回転する度に斬撃が生じ、兵士と建物を細切れにしていった。

 着ている装備は何の意味もなさない。

 攻めたとしても、逃げたとしても、正確すぎるあの攻撃を逃れることは絶対にできなかった。


 対峙した瞬間に死が決まる。

 短い鎌が、死神が持っている様な巨大な鎌に見えて仕方がなかった。


(まだこねぇのか?)


 暴れながら辻間は周囲を確認する。

 場所はここで間違いない。

 今いるこの足元を切り崩せば、洞窟へと一直線だ。

 あの二人には確保してきた人質の見張りを任せ、相当離れた場所に待機させている。

 この落盤によって死んでしまっては元も子もないからだ。


 兵士は次第に数を増やしているのだが、肝心の勇者が今だ現れない。

 何処で油を売っているのだろうか。


 すると、大きな盾を持った人物が足を前に出してきた。

 一度攻撃を止めてその人物を見据える。


「お前が件の殺人鬼だな」

「おうよー、暇でしょうがねぇからぶっ壊しに来たぜぇ」

「フン、私の前に現れたことを後悔するがいい」


 ズンッと踏み込み、そんなに速くない速度で走ってくる。

 詰まらないなと思いながら、また分銅を使って細切れにしようとするのだが……。

 斬撃は盾に阻まれた。


「お?」

「私の盾は魔法を無力化するマジックウエポンだ!」

「へぇ、何それ。まぁいいや」


 ばっと腕を伸ばして鎖を腕に巻き付ける。

 クルクルと回ってきた分銅をキャッチして、鎌をビッと伸ばして腰を落とした。

 久しぶりとまではいわないが、接近戦だ。

 いつもは相手が逃げるか奇術兵ばかりが相手だったので遠距離攻撃しかやっていない。

 これは肩を慣らすのに丁度いい機会だ。


 走ってくる相手は盾を前に構えている。

 なので正面切っての戦法は無意味だろう。

 だが鎖鎌は違う。


 分銅を手放して丁度いい長さになるまで鎖を伸ばし、音が鳴る程に高速で振りまわす。

 今は奇術は使わない。

 完全に自分の力量のみでの戦闘だ。


 相手は既に自分の間合いには入っている。

 だが伸ばした鎖は少し短い。

 なのでもう少しだけ引き付ける。

 幸い足が遅すぎるのでしっかりと間合いを見切ることができていた。

 ここだと思った場所で、真横から分銅を相手にぶつける。


 だが、盾で防がれる。

 それは予想していたので、投げたと同時に鎖の長さを変えた。


 ガインッ!!


「ぐぁ!?」


 分銅は相手の後方へと回り、盾は鎖を殴った。

 それによって起点が生まれ、分銅は男の顔面へと戻ってくる。

 だが距離を伸ばしたが為にそのままでは外してしまう。

 なので分銅が男へと向かって行くと同時に鎖を引っ張り、長さを調整して綺麗に顔面へと当てた。


 投げた時の純粋な分銅の火力と、引っ張ったことによる鞭の力が合わさって、その攻撃は相当な威力を生み出す。

 被っていた冑が凹んで穴が空き、片目が潰れる。


 重りのついた鞭というのは、凶悪すぎる武器だ。

 水の入った桶に向かって投げれば、それは貫通して中にあった水を抜いてしまうだろう。

 薄い鉄であれば簡単にひしゃげさせることができる。

 分銅はそれほどにまで凶悪で恐ろしい武器なのだ。


「ぐぁあああ!!」

「へへへへ、いいね」


 最後の止めと言わんばかりに、上から振り下ろされた分銅が男の頭上へと落ちる。

 ベギョンッ!

 それは綺麗にぶつかり、兜をひしゃげさせたところで男は沈黙した。


 ぐいっと引っ張って分銅を自身へと寄せる。

 だが一度回避して威力を殺し、また振り回しながら腕に仕舞って分銅をキャッチした。


 振り回されたことにより、血は既についていない。

 マジックウエポンを持つ者でさえも沈めた辻間を、周囲の兵士たちは恐れた。


「へっへっへ、次はどいつだ?」

「俺だ」


 後ろから声がかかった。

 聞いたことのあるその声に、辻間は思わず口角を上げる。


「役者が揃ったようだ」

「今度は、逃がさん!」


 ロングソードを構え、隣に火球を出現させる。

 勇者、ルドリック・シャーマグは一歩前へと踏み込んだ。

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