8.23.奇策


 得意げな表情をしながら、辻間はそう言った。

 これ以上にない策だと思っているようだ。

 彼の考えることはなんとなく信用ならないのだが、現状が打破できるのであればもう何でもいい。


 早速その奇策というのを聞いてみることにする。

 あまり気は進まないが。


「で、その奇策ってのは?」

「勇者の親族を誘拐する」

「……はっ?」

「勇者の親族を誘拐する」


 二度聞いても何を言っているのか意味が分からない。

 どうしてそんな発想に至ったのだろうか。


「誘拐してどうするんですか……」

「脅すに決まってんだろ」

「ほんとに!?」


 これでは本当に悪役の道まっしぐらな気がする。

 既に彼は罪人だろうが、自分まで仲間になってしまうのは御免だ。

 とは言え今は冤罪を掛けられているわけだが。


 というか急にそんなことを言われても困る。

 どうしてこうなったのかもう少ししっかり説明して欲しい。


「ちょっと順を追って説明してもらって良いですか?」

「しゃーねぇなぁ……」


 机の上に置いていた武器を服の中に仕舞ったり、体に仕込ませたりしながらこの奇策について説明をしてくれた。


「策はこうだ。まず勇者の親族を探す。そいつを連れて行き、何とか勇者と一対一で対話できる状況を作る。んでもって、勇者に俺たちを殺したと周知させる」

「えーと、仮にそれができたとして……信じますかね」

「信じるさ。一人で果敢に俺たちに挑んだ勇者。そして生還したらそりゃもう立派な武士だ。表向きはな」


 辻間は鎖鎌についている分銅をクルクルと回しはじめる。

 とりあえずこの作戦は、勇者だけ孤立させなければ成功はしない。

 実行場所もまだ見つけてはいないので、その準備をしなければならないだろう。


 だがこの作戦が成功すれば、確かに他の者たちは帰還した勇者の言葉を完全に信じるはずだ。

 三人が死んだということになれば、手配書は消されるだろうし、勇者は瞬く間に名を馳せることになる。


 とは言え勇者は正義の塊みたいな奴が多い。

 辻間は彼と出会ってそれをすでに看破していたので、こういった卑怯な手段を選んだのだ。

 相手が絶対に頷くしかない選択肢を作る。

 常に有利な状況を作り出すのも、自分たち忍びの役目なのだ。


「さて、やることは決まった。実は既に実行する場所も決まっている」

「早……」

「二ヶ月の間、何もしていなかったわけじゃねぇよ。この近くには洞窟があるんだ。だが勿論、この国の中にはない。しかし、その洞窟は、この国の下を通っている」

「……え?」

「俺がそこをぶっ壊して、勇者を引きずり込む」


 辻間はこの国のど真ん中で作戦を起こそうとしているらしい。

 こういう作戦はできるだけ人の目についている方がいいのだ。

 それで自分が死んだということになれば、また活動を再開することはできる。

 死人となるのは忍びにとって身を隠すのに最適な行為なのだ。


 だが、そんな作戦にレミやミュラは同行できない。

 そこまでの身体能力はないからだ。

 しかしその辺は気にしなくてもいいらしい。


「お前らは先に洞窟に降りて、人質と隠れていろ。交渉するときにそいつを見せつける」

「はぁ~……作戦の概要は分かりましたけど……洞窟内に誰かいたらどうするんですか? 目撃者はいない方が良いんですよね」

「その通りだ。だからお前らで処理しろ」

「ミュラさんに任せよう……」


 流石に自分から人を殺しに行くようなことはしたくはない。

 それを任せるのも良くはないのだろうが、今は状況が状況だ。

 とにかく洞窟の中に誰もいないことを願う。


 洞窟の入り口はマークディナ王国を出てすぐの場所にあるらしい。

 辻間は何度かそこに入って夜を過ごしていたらしいのだが、人はほとんどといってこないようだ。

 場所を聞いたレミは、夜にその場所へと赴くことになった。


「辻間さんは?」

「これから親族を探してくる。夜の内には洞窟に運ぶさ」

「そうですか……。はぁー、何でこうなったかなぁ……。私だけ出頭してもダメかな……」

「無理だろうな。俺の仲間って疑われるんだ。二ヶ月間逃げ続けて兵士を殺しまくった仲間だぜ? そんな奴をそう簡単には信じるなんてことしねぇだろ」

「ああー……やっぱり最悪だぁ……」


 どう頑張っても平和的に解決できる手段が見当たらない。

 残念ながら、今一番被害を少なく解決する方法は辻間の奇策しかないようだ。


 そこで、コンコンッと扉を叩く音が聞こえてきた。

 辻間が訝しみながら扉の方へと近づいていく。


「……誰だ?」

「……っ!」

「あぁん? 子供……?」


 扉を開けてみると、そこには子供がいた。

 何でこんな所に子供がと思った辻間だったが、レミが驚いた様子で駆け寄ってくる。


「スゥちゃん!」

「っ!」

「知り合いか? ……だったら早く離れた方がいいぜ?」

「た、確かに……」


 自分たちと一緒にいることを目撃されてしまえば、スゥも仲間だと思われる可能性がある。

 ことが収まるまで、木幕たちとの接触はしない方がいい。


 だが、スゥは既に文字を書いた紙を準備していたようで、それをレミに手渡してきた。

 既に不自由なく文字を書けるようになっているので、手渡された紙を見てすぐに何かを伝えたいのだということをレミは理解する。

 内容を確認してみると、今の状況を教えて欲しいというものだった。


 だが、今スゥにこの状況のすべてを話すことはできない。

 今やろうとしている事を知られて欲しくもないし、なにより巻き込みたくはなかった。


「スゥちゃん。師匠に帰りが遅くなるって伝えておいて。今ちょっと手が離せないから……」

「……っ」

「大丈夫、できる限り早く戻るから」

「っ」


 少しむくれた表情をした後、スゥはタタタッと走って行ってしまった。

 今自分が伝えられるのはこれくらいだ。

 流石に犯罪に手を染めようとしているとか木幕に知られたら、帰った後に何が起こるか分かったものではない。

 まぁ実際にはその手を貸す……というのが正しいかもしれないが。


 スゥを見届けた後、レミはまた隠れ家の中に入った。


「……良かったのか?」

「流石に巻き込めませんよ」

「そうか。にしてもとんでもない索敵能力だな……。まぁいい。夜になったら作戦開始だ」

「頑張りますよ……」

「スヤァー……」


 やはり気乗りはしないレミであった。

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