8.24.親族捜索


 日が落ちて暗くなったマークディナ王国は意外と静かだ。

 大きな通りではあるが、この辺に酒場などはないらしい。

 あるのは少し離れた場所で、そちらの方は夜だというのに良く賑わっていた。


 明るい街を遠目に見ながら、屋根に立っていた辻間は仕事着に着替える。

 得物は鎖鎌のみ。

 ぼさぼさの髪の束を解いて、額当てを装着する。

 三尺ある手拭いを口元にだけ巻きつけ、後ろで結ぶ。

 残った布は後ろへと放り投げた。


 右手に綿の入った手袋をして、その上に鎖を巻き付ける。

 鎌は腰に差して固定し、腰ひもをギュウと結ぶ。


「……っし」


 これが彼の仕事着。

 身だしなみが良くないと里の者からは散々言われてきたが、改善する気などは全くなかった。

 見つからなければいいだけなのだから。

 もしみられたとしても口を封じればそれだけで終わる。


 何処まで行っても臆病だなと、辻間は心の中で笑っていた。

 本当であれば口に巻いている手拭いも要らないと思う程だ。

 だがこれだけは、自分に鎖鎌術を教えてくれた師範からしろと言われていた。

 この額当てもそうだ。


 流石に恩師に逆らうということはできなかったので、これだけはいつも装備していた。

 逆らうと酷い目にあうことは目に見えていたからだ。


 準備を整えた辻間は、標的を見定めて屋根を飛び越える。

 既に追跡する人物は発見しているので、あとは彼の後を一定の距離を保って尾行するだけ。

 あの目立つ赤い装備は、こんな夜でもよく見える。


「……気が付けよな」


 勇者は尾行されているなど思ってもいないのか、なんの警戒もなしに夜道を歩いていく。

 それに少し呆れる。

 本当にこの国で強い人間なのだろうか。

 もっと強い相手であれば、辻間に追跡されると警戒心が強くなる。


 それは辻間の追跡が下手というわけではなく、彼の放つ独特な雰囲気と周囲に漂う亡霊たちが騒めくために起ってしまう現象のようなものだ。

 彼は何故か亡霊に好かれやすい。

 自分に害はないのだが、どうやら周囲にいる者に害をなしてしまう特性がある。

 だがそれは好都合。

 味方であるのであれば、特に祓おうなどと考えることもない。


 それに辻間は彼らのことを目視できる。

 不気味な奴らが多いのは勿論だが、意外と気に入っているのだ。


「あそこか?」

『──』

「だろうな。ほんじゃ、さっさと誘拐しますかぁー」

『──』

「あ?」


 亡霊に囁かれて、辻間は動きを止める。

 しばらく様子を見ろと言っているのだ。

 そんな事をする必要があるのかと首を傾げたが、彼らの意見は意外と馬鹿にならない。

 仕方がなしに屋根に腰を下ろして勇者が住んでいる家を見ていると、勇者本人が出てきた。

 家の中に声をかけて、また何処かへと去っていく。


 どうやら、中には誰かがいるらしい。

 これはいいものを見ることができたと思い、勇者が何処かへ行ったあとすぐに行動を開始する。


 何度か屋根を飛び越えて、家の付近に到着した。

 音を聞いて周囲を探ってみると、どうやら誰かが裏手で剣を振っている様だ。

 これは丁度いい。

 外にいるのであれば回収も楽なので、今回の標的はそいつにすることにする。


 音を立てずに近くまで接近する。

 建物の陰からこそっと覗いてみると、青年が素振りをしていた。

 あんな素振りで強くなれるものかと心の中で笑う。

 どれもつまらないものばかりだ。


 辻間は相手にならない人物だと判断し、堂々と建物の陰から出て彼の背後へと近づく。

 だがそれにすらも気が付かない。

 嘘だろと思ったが、本当に気が付いていないらしい。

 お気楽な世界もあった物だ。


「……おい」

「ぴぇっ!?」


 振り向きざまに攻撃を仕掛けてきた。

 急な事だったが辻間はそれを冷静に対処し、軽く身を引いて回避する。


 青年は剣を前に突き出して切っ先をこちらへと向けていた。

 へっぴり腰でがむしゃらに戦いそうな人物だ。

 恐らく勇者の弟か何かだろう。


「だ、だれだ……!」

「お前さん、勇者の弟か?」

「……そうだけど……兄さんの知り合い……?」

「そんなお気楽な仲じゃねぇよ」


 辻間は分銅を振り上げて、大きく弧を描きながら青年の首筋に分銅を当てた。

 暗くて何も見えなかった青年は急な打撃を回避することはできず、そのまま首筋を抑えて蹲る。


「ぅ……ぉぉあ……」

「まぁーこれじゃ気絶しねぇよな」


 分かり切っていた事なので、そのまま近づいて今度は手刀で気絶させる。

 静かになったことを確認した後、青年を肩に担ぐ。


「あ? いいだろ別に。成功したんだから」

『──』

『──』

『──』

「うっせぇなぁ……。おら行くぞ」


 辻間は鎖を使って屋根に上り、また来た道を帰って行く。

 とりあえず任務は成功だ。

 あとはこれを洞窟に持って行って、明日の作戦で使うだけである。

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