8.21.隠れ家


 意外と賑やかな通りに建つ一件屋。

 大通りの隣にある小道がその入り口なのだが、ここが辻間が隠れ家にしている場所である。

 あからさまに隠れやすそうな場所よりも、こういった場所の方が身を隠しやすいというのが辻間の考えだ。


 逃げ回って遠回りを何度もしながら、ようやくここへと逃げ込むことができた。

 そのおかげでもうへとへとである。

 ようやく休める場所に来たことで緊張の糸が一気に解けて、レミとミュラは到着するなり地べたに倒れ伏した。


「「ああぁ~……」」

「情けねぇ……」

「昼間っから隠密行動するのが間違ってるんですよぉ……」


 兵士にもう一度見つかってから、三人は真反対へと逃げて行った。

 何とか撒いたのだが、それからは隠密行動。

 昼ということもあってその難易度は非常に高く、兵士を見つけたらまた迂回を繰り返していた。


 とにかく人目を避け、できるだけ兵士に見つからないようにこの通りまで出てくるのは骨が折れた。

 できればもう二度とやりたくはない。


 レミは突っ伏しながら、今の状況を再確認してみる。

 自分たちがすぐに見つかったということは、あの勇者は早い段階で目が覚めて自分たちの情報を彼らに共有したのだろう。

 孤児院は勇者と戦った場所と意外と近い位置にあった。

 なので図らずも戻ってしまうということになったのだろう。


 意外と早い勇者の復活に随分翻弄された。

 まだ自分たちのことは広まってはいないだろうが、兵士や騎士たちには既に情報が通達されているだろう。

 これからの行動に大きな制限がかかることになるはずだ。

 慎重に行動しなければならなくなるだろう。


「これからどうするんですか……?」


 上体だけを起こし、辻間を見る。

 彼は何かを考えているようだったが、声を掛けられて小さく頷く。


「もう顔は割れちまったから、下手人として手配されるのも時間の問題だろうな」

「この国から逃げた方がいいんじゃないですか?」

「それもそうなんだが、俺の片割れを探すまでは出ることはできねぇ。かと言って兵士共を皆殺しにするのも面倒だ……。ま、とりあえず……」


 一度考えるのを止めにした辻間は、部屋の中にあった椅子に腰を掛けた。

 そして、服の中に隠していたであろう装備をすべて机の上に出していく。


 腰に付けていた短剣は勿論、数本の鎖と分銅、彼の武器である鎖鎌に三つの手裏剣。

 彼が持っているのはこれだけだ。

 意外と少ないんだなと思いながら、レミも立ち上がってその辺に背を預ける。

 ミュラは……眠ったようだ。


「意外と持っている武器少ないんですね」

「あ? ああ、これだけあれば大抵の場所は侵入できるし撃退もできる。必要以上の物は持たねぇ主義なんでな。つーか、お前も一振りしか持ってねぇだろうが」

「いやいや、私は侵入とかそう言うことをメインにしているわけではないので」

「めいん? ……ま、生業が違うもんな」


 辻間は一人で納得した後、大きな欠伸をした。

 緊張感がまったくない。

 よくそんなに平然としていられるものだなと、レミは心の中で呆れた。


 そう言えば、彼らは総じて強い魔法を持っている。

 だが今の段階では辻間の魔法を見たことがない。


「辻間さんの魔法……あー、奇術って言った方がいいですかね。それってなんなんですか?」

「俺の奇術か? 風だ」

「風魔法……ですか。でも風魔法って殺傷能力ありませんよね?」


 風魔法は、移動や風圧といったものにしか使うことはできない。

 飛んでくる矢や魔法を打ち消したりするほかに、熟練度が上がれば索敵もできるとは聞いたことがあるのだが、攻撃魔法には一切使えないものの筈なのだ。

 なので、この国に来る道中で見たあの惨殺死体を作り出した本人が辻間だとは思えなかった。


 それを聞いてみると、やったのは自分だと辻間は言った。


「えぇ……」

「鎌鼬って知ってるか?」

「鎌鼬?」

「見せた方が早そうだな」


 辻間は机の上にあった鎖を手に取って、軽く振った。

 すると、床に小さな切り込みが入る。

 これを思いっきり振るえば恐ろしい程の殺傷能力を持った風が生み出されると、説明してくれた。

 そんな魔法は見たことがない。

 これが犯人特定をするのに時間が掛かった原因なのだろう。


 その切り傷を触って見てみると、酷く鋭い。

 軽く振っただけであれなのだ。

 彼が言った通り、思いっきり振るえば相当な火力になる。

 これであれば、確かに兵士の鎧を切り裂くほどの攻撃を繰り出すことができるだろう。


「……み、見えない攻撃って……卑怯じゃないですか?」

「戦いに卑怯もクソもねぇよ。へへへへ……」

「そう言う考えの人もいるんですねぇ~……」

「まぁな。じゃ、俺は一回寝るぜ。お前も休める内に休んどけ」


 辻間はそう言って、目を閉じてしまった。

 確かに休んでおかなければこれからの活動に支障をきたすだろう。

 ここは辻間の言う通りにして、寝ることにしたのだった。

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