7.47.刀身


 石動は手に持った刀身を見て感動していた。

 今までほとんどの打った武器が折れていたというのに、この鉄だけは素直に美しい刀身を作り上げていたのだから。


 波紋が浮き出て、美しい反りが作り出された。

 これ程にまで価値のある作品など到底作り出せないだろうと思う程に、良い出来栄えとなったのだ。

 砂鉄集めから始まった刀の制作。

 それがここに来てようやく、ようやく実を結んだ。


 鉧から最高の純度を誇る玉鋼を取り出し、惜しむことなく使った刀身。

 これまでの苦労など一瞬で吹き飛ぶような達成感。


 手に持っていた玄翁も、心なしか嬉しそうである。

 お前にはこれしか似合わないと言っているようにも思えた。

 本当にこの相棒は素直じゃない。


 反りの具合を見る。

 完璧だ。

 曲がっても居なければ、荒く打ったようなところもない。

 これ以上手を出すのは野暮というものだ。

 これが完成形。


「おーし!!」


 刀身を布で包み、丁寧に保管する。

 まずは後片付けだ。

 それが終わってから、長い長い研ぎの作業が待っている。

 それに加えて、鍔や鞘なども作らなければならないのだ。

 小太刀も直さなければならないし、やることはまだまだあった。


 この忙しさがなんとも懐かしい。

 一つ達成してもまた別の何かがあるということは、嬉しいことだ。

 さぁやるぞと心の中で叫び、すぐに準備をして作業を再開しようとする。


 だがそこで、声がかかった。


「石動さーん。お食事の時間ですよー」


 レミが声を掛けに来てくれたらしい。

 ぱっと外を見てみれば、確かに日は高くなっていた。


「あで、もうそんな時間だべか……?」

「はい。一区切りつきました?」

「ついたべさ。今片付けて行くだよ」

「分かりました」


 体調不良は精神の乱れに繋がる。

 まだ作業を続けたいという気持ちを抑え、片づけを済ましてから食事へと向かう。


 歩いている道中も、刀のことを考える。

 恐らく一番初めに完成するのは今作ったあの刀身だ。

 だがそれではなんだかおもしろくない。

 すべて作った後、一斉に渡すように調整しよう。


 そうでなければ、なんだかしっくりこないからだ。

 それもあと数日中で終わる。

 だが研ぎだけは時間が掛かる為、どの道最後になるのには変わらないかと思い直す。


 早く完成させたい。

 完成した姿を見たいという願望が、今石動の中で渦巻いていた。



 ◆



「師匠~。剣と刀って、どうしてあんなに作る時間が違うんですか?」

「っ、っ」

「む?」


 食事を追えてさっさと鍛冶場へと戻って行った石動を見送ったレミが、ふと疑問に思ってそれを木幕に聞いてみた。

 スゥも気になっているようで、その問いに身を乗り出して興味津々に聞こうとしている。


 二人からすれば、同じ鉄にどうしてそこまで時間をかけるのかが分からなかった。

 作業工程も大変で、面倒くさい。

 インゴットにした鉄を刀の形に伸ばす前に、また打ちまくるという作業を石動は繰り返していた。

 それに何の意味があるのか、二人には良く分からない。


 さて、どうして教えたものかと木幕も考える。

 ある程度の知識は持っているが、彼ら職人の心を知りうるまでの経験は木幕にはない。

 自分の中に譲れないものがあるように、彼らにも何か譲れないものがあるのだとは分かっている。

 だからこそ下手に教えてはならないと思ったのだ。


 それに、専門的な事を話したとしてもこの二人には理解されないだろう。

 もっと簡単な何かがないかと考えてみる。


「では……お主らは鍛えるとはどういう意味で使うか知っておるか?」

「鍛える……? 体を作ったり……修行をしたりとかそういう場面で使いますかね?」

「概ね正解だ。そしてその鍛えるという字はこう書く」


 木幕はスゥが文字の練習に使っていた炭を使って、鍛という文字を書いた。


「……難しい字ですね」

「そして、武器を作るのに使うのは鉄だ。鉄という字はこう書く」


 同じように炭で鉄という文字を書いた。

 木幕はその二つを指さす。


「何か気が付くことはないか?」

「え? 気が付くこと?」

「っー……」


 二人はその文字を凝視する。

 これを見て気付くことといえば、同じ形の文字が使われているということくらいだ。

 それを言おうとした時、スゥが両手を伸ばして金という部分に指を向ける。


「そうだ。ではどうして同じ文字が使われているか分かるか?」

「多分それは絶対に分からないです」

「では教えよう。『全』この文字は土地の神をまつる為に柱状に固めた土を表した文字だった。その下にある点々が、金属を意味している」

「はぁ」

「要するに、鍛冶は神事だ。神聖なものである。鉄という文字は鳥や魚を捉える矢の素材として使用していたことから、鉄という文字ができた。鍛えるというものは、金属を加工して鍛えるという意味を持つ」

「え?」

「そうだ。この二つの文字には互換性がある」


 刀は、鉄を鍛えて作り出した武器。

 鍛えるとは鍛錬。

 その元になったのは、鍛冶師が金属を鍛える様を表したところだ。


 鉄を叩いて粘土のように何度も練り、強靭な鋼を作り出す。

 人であれば、鍛錬を行って屈強な肉体を作り出す。


 文字すべてには、成り立ちがある。

 意味を見てゆけば、分からないことも納得できるようになる時があるのだ。


「鍛冶は神事。故に生半可なものを見せるわけにはいかない。叩き、練りを繰り返した鉄は他の武器よりも硬く、鋭くなる。そして、美しくなるのだ」

「あの練るっていう工程が、鉄を強くするんですね」

「うむ。だが恐らくこの世の武器造りではそれは意味ないぞ」

「え?」

「あれは玉鋼という鉄を使うことでできるのだ。まぁここで作れたのだから、真似をすればできるだろうがな」


 砂鉄採取の方法から伝授しなければならないが、作れることには作れるはずだ。

 石動も刀を打ち終わったそうだし、あとは研ぎや装飾作りに入るだけである。


「お主らの持っている武器、氷輪御殿と獣ノ尾太刀もあれだけの鍛錬をして作られたものだ。大切にするのだぞ」

「はい」

「っ!」

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