7.48.葉隠丸


 随分と長い時間が流れた。

 砂鉄採取から約一ヵ月。

 意外と早い段階でできるものなのだなと思ったが、それは石動の腕が良かったから成しえたものなのだろう。


 刀を制作しながら、鞘を作ってもらう為に木工細工師のエティ・ティアルナに声を掛けにいったり、小太刀及び短刀を加工し、金具をすべて作るという工程もやってのけた。

 長い道のりではあったが、それなりの達成感がある。


 鉄の製作から研ぎまでをすべてこなす鍛冶師はそうそう居ないだろう。

 それを一人でやってしまうのだから、大したものだと言わざるを得ない。

 さすがに砥石は持っていなかったので、木幕の物を貸し出すことになった。

 だがいいものができるのであれば、それくらい安いものだ。


 そして今、木幕の目の前にすべての刀が置かれている。

 短刀は懐刀の様に拵えてあり、白く美しい木材で肌触りが良い。

 小太刀は木工細工師のエティが見様見真似で作り出した漆のような光沢があった。

 良く再現したものだと、石動も感心したほどだ。

 柄も綺麗に作られており、更に金具も美しい。


 そして、葉隠丸。

 刀身のみを変えている為、鞘、鍔、柄などは同じ物だ。

 握り馴染んだ柄。

 いつも親指をかけていた鍔。

 刀身を収めていた鞘が、同じ様にそこにある。

 一見しただけではこれが新しいものだと気が付くことはできないだろう。


 鞘の作りとほぼ同じ形にした刀身。

 長年の経験から焼き入れを行う際の土の量を加減して、葉隠丸の鞘の反りにあった刀身を作りだした石動の技量には、目を見張るものがあった。

 鍔や茎は調整しているので、問題なく収まっている様だ。


「よいか?」

「いいだよ」


 木幕はまず、短刀を手に取った。

 くっと力を入れて抜いてみれば、そこからは葉隠丸の折れた刀身が顔を出す。

 あの時の美しさは失っているが、これは確かに葉隠丸の片割れだ。

 握りやすく、使いやすい。

 それを懐の中に仕舞った。


 小太刀。

 鍔や柄はできるだけ葉隠丸に似せて作られているようだった。

 さすがに鞘の模様は再現できなかったようだったが、そんな事を気にする事はない。

 また新たな命を吹き込まれた葉隠丸の刀身。

 鯉口を切ってみれば、子気味のいい音が誰の耳にも届いた。


 この刀身は、ほんのりと青い。

 石動が再度研いだその刀身は、見事に輝きを映し出して透明な姿となっていた。

 自分の顔が映る。

 静かに納刀し、それを腰に携えた。


「……」


 直された刃は、やはり死んでいるのだろうか。

 折れた葉隠丸からは、葉が舞うことはなかった。

 それを少し寂しく思う。


 気持ちを落ち着け、最後に残された新しい葉隠丸を手に取った。

 少し重い。

 久しぶりに刀を握るからなのか、それとも本当に重いだけなのか。

 手から感じるこの日本刀の重さは、新しいものだと伝えてくる。


 木幕は刀身を抜くことなく、まず腰に差した。

 太刀と小太刀が携えられた木幕の姿は、本当の侍のようだと石動は感じ取る。


「スー……葉隠丸」


 キンッ。

 鯉口を切る。

 以前と比べて締まりが良くなっているということが分かった。


 そして、抜刀した。


「わぁ……」

「っ!」


 その刀身は、一瞬見えなかった。

 だが持っている本人からすれば、何処に刃があるのかが分かる。

 角度を変えると太陽の光を反射して、遠くを照らした。


 見事な刀身。

 小太刀よりも青く輝くその刀身は、以前の葉隠丸と何ら変わりがない。

 周囲に舞っている、葉すらも。


「おお、これが木幕殿の奇術だべかぁ」

「っ! っ!」

「師匠!」

「うむ……」


 木幕の周囲には、多くの葉が舞っていた。

 軽く刃の向きを変えると、葉も同じように向きを変えて操られる。

 一つの葉に意識を向けて操ってみれば、地面を軽く斬ってまた空を舞った。


 帰ってきた。

 刀身は変わってしまったが、刀は何も変わってはいない。

 お前が俺の主なのだと、また認めてくれたような気がした。


 それに笑って応えた後、木幕は納刀する。

 静かに収まった葉隠丸の魂は、今も尚ここにある。


「石動、大儀であった」

「フフッ、はっ!」


 石動は地面に膝を付け、軽く頭を下げた。

 レミとスゥは、彼らの文化を今見ることができた。

 彼らの言動、行動は今までにはない洗練されたようなものであったように感じることができただろう。


 そして、石動が立ち上がる。

 鍛冶場の奥から金城棒を肩にかつぎ、木幕の前で立ち止まった。


「いざ!」

「……いいのか?」

「ええだよ。もう思い残すことはないべ。おいは、いい刀を作った。今おいは最高の刀匠だべ。そのままで、おいは天へといきたいだべさ」

「負けることを前提とするな。やるからには勝て。その心意気が対峙する者への敬意である」

「どっこまでも武人っ気が強いだね。まぁええだよ」


 二人は会話を終えて、外へ出る。

 レミはついに来たかと思っていたが、スゥは不安げだ。

 だが何が起こるかは既に理解している。

 心配そうな目でレミを見るが、彼女はこちらを振り返ることはなかった。


 そのまま、レミはスゥに向けて声を掛ける。


「スゥちゃんは、師匠のこと許せる?」

「?」

「神様を斬る為に、仲良くなった人を斬らなきゃいけないんだけどね。こんなふうに」


 レミは寂し気にそう言った。

 未だ、こちらを向くことはない。


 スゥは分かっていた。

 葛篭がいなくなった時から、想像がつき、そして獣ノ尾太刀が自分の前に現れた時に確信へと至った。

 そんな理由があったのかと驚いたが、子供であり、まともに親に育てられなかったスゥは信仰心自体あまりない。

 故に、変な事ではないのではないだろうかと思った。


 だが今の話を聞いて疑問に思う。

 レミが言った言葉は、神様のせいで木幕は人を斬るように指示されているように思えたのだ。

 神様がどうしてそんなことを指示するのか、それは分からない。

 だがろくでもない存在だと、スゥは思った。


 だから頷いた。

 許せる許せないの話ではない。

 絶対悪となっている神を倒し、この連鎖を断ち切ろうとする木幕の行動は間違っているとは思えなかったからだ。


 レミの服を掴んで引っ張り、こちらを向かせる。

 そしてもう一度頷いた。

 安心したような顔をして、レミは笑う。


「いつか言わなきゃとは思ってたんだけどね……。ごめんね、こんな時に」


 二人は思ったことがある。

 何故、木幕なのか。

 神に同郷の者を殺せと言ったものが、何故木幕だったのか理解しかねる。

 そしてそれは、彼らも同じだ。

 何故、異世界から来た者たちが殺し合わなければならないのか。


 これに意味はあるのだろうか?

 神は一体、何を考えているのか……二人には見当もつかなかった。

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