7.46.刀鍛冶、石動伝助


 久しく動いていなかった鍛冶場が、音を立てている。

 熱く熱され始めている炉はどんどんを赤くなっていった。


 近づいただけでも汗が出る程の熱風。

 慣れているどうこうの問題ではない程の熱が、襲い掛かる。

 だがそれをものともしない石動は、どんどん熱されていく炉に砂鉄を放り込む。

 溶かし、固め、そして熱して形を変える。

 手順としては簡単ではあるが、その工程は職人の技術が最大限に発揮される場であった。


 既に土で作られた炉に火種を投入し、風を送り込む。

 押して引いてという掛け声を出しながら、風を送る木材で作られたカラクリを操っていく。

 数時間同じことを繰り返し、炉からあふれ出ている炎は青と赤色となっていた。


 その後、砂鉄を入れ、木炭を入れという作業を挟み、また風を送り込む。

 これを数時間行っていく。

 夜を徹して行われていく作業。

 石動はそれを一人でやろうとしているらしい。


 木幕は手伝おうかとも思ったが、彼の姿を見てそれは憚られた。

 手を出すな、俺一人でやる。

 そんな感情が彼の背中越しからひしひしと伝わってくるのだ。

 であれば、邪魔をする訳には行かない。

 その場を後にすることにした。


 汗を拭うことも忘れ、石動は一心不乱に風を炉へと送り込む。

 砂鉄を入れ、木炭を入れ、風を送る。

 十分に熱されても尚、温度が保たれるように作業を繰り返す。


 そこで、石動はとあるものを手に取った。

 小さく笑って頷き、それを炉の中へと放り込む。

 中々溶けないものであったが、時間を掛ければ砂鉄と同じように溶けていく。


 それから三日が経った。

 一代いちよが終わったのだ。

 その間、石動はほとんど寝ず、大量の水と少量の食べ物だけで凌いでいた。


 時刻は既に夜を迎えている。

 炉の下からノロが零れだしてきた。

 それを見て石動は小さく笑って、また作業に取り掛かる。


 灼熱の炉を、壊す。

 巨大な木の槌を持ちだし、大きく振るって炉を殴る!


 ゴッ……。

 数千度にまで上昇する炎を耐え抜いた炉は、そう簡単に崩れるものではない。

 石動の奇術、不動をもってしても一撃では壊れることがなかった。

 だが上の部分は比較的簡単に崩すことができる。


 長い熊手のようなもので炉を崩していく。

 崩すだけ崩したら、また違う方向から槌で炉を殴る。

 未だ燃えている炉から、大量の火の粉が襲い掛かってきた。

 だが構うものかと、また槌を振るう。

 その衝撃により、また火の粉が噴き出した。


 壊し、崩され、炉が姿を失っていく。

 その中からは真っ赤に染まった巨大な鉄の塊が姿を現した。

 けらが現れたのだ。

 バチバチと火の粉を噴き出し、燃え盛る鉧は美しい。

 そこでようやく、石動は地面に座り込んで大きくため息をついた。


「腹減ったぁ~……」


 熱さで眠気は既にない。

 だが体は疲れているらしく、気を抜くと気だるさがのしかかってくる。

 うたた寝をして何とか持ちこたえてはいたが、それも限界があるものだ。


 だがまだだ。

 まだ寝てはいけない。

 重くなった体を無理やり起こし、巨大な鎖を持ち出してきた。

 それを地面に置き、鉧が冷めるのを待つ。


 丸太を並べ、鉧を外へ持ち出す準備をする。

 これを外に出せば、一代は終了だ。

 次第に冷めて行く鉧を見て、満足げに頷く。

 石動にとって、満足に値するものが出来上がったようだ。


 鉧が冷めた後、鎖を巻いて全力でそれを引っ張る。

 外へと持ち運ばれたそれを、しばらく放置することになる。

 これで一代は終了だ。


「ふーーっし……!」

「む。石動」

「木幕殿! できたべ! できたべよー!」

「酷い顔だな」

「へへへへ」


 石動の顔は真っ黒だ。

 手も服も黒が大半を占めている。

 そんなになるまで仕事をしていたのだ。

 彼の胆力には驚く。


 だが限界というものはあるらしい。

 石動はそのままあおむけに倒れ、大きないびきをかきながら寝てしまった。

 これをどうやって運べばいいのかと木幕は悩んだが、運ばないわけにはいかない。

 とりあえず力を入れて何とか持ち上げ、引きずるように鍛冶場の中へと持っていった。


 後の作業は、ここまで過酷なものではない。

 しっかり睡眠をとって、食事を取り、万全な状態で刀を打つだろう。


「お主が鍛冶場に引きこもっている間に、犯人はとっくに斬り伏せたぞ」


 木幕とてこの三日間何もしていなかったわけではない。

 レミの話を聞いて、犯人であろうアスベ海賊団を討伐しに向かっていたのだ。

 陸からは自分たちが、海からはデルゲン海賊団が。

 挟み撃ちになって砲撃にさらされたアスベ海賊団は、簡単に壊滅した。


 元より、あの時向かってきた三隻にほとんどの人員を裂いていたらしい。

 その為数も少なく、船も二隻ほどしか残っていなかったのが現状だ。


 今はデルゲンたちが後始末をしてくれている。

 片が付いたらそれを領主に報告しに行くそうだ。

 その辺は彼らに任せておいた方が良いだろう。


「ふむ。では期待しているぞ、石動」


 そう言って、木幕は石動の寝室から外へ出る。

 恐らく、彼は刀を打つことができるだろう。

 木幕はそれに期待するのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る