7.21.隠密行動
昼の賑やかさが嘘のような静けさだ。
遠くから波を打つ音が聞こえてくる。
ここはどうやら港に近い場所らしい。
怪しい人物を追跡していたスゥは、少し息を切らしながら物陰に隠れていた。
随分と走って来たものだ。
しかし、あの人物は鍛えているようで息切れ一つ起こしていない。
その時点でまともにやり合えば確実に負けてしまうだろう。
今回は偵察だ。
あまり目立った動きはしないように心がける。
顔を覗かせて見てみると、その人物はフードを取っていた。
ぼさぼさの暗い灰色の髪の毛が、月明かりで照らされている。
濁った目つきは不気味で、とてもやる気のないように感じられた。
彼は何かを待っているようで、そのままじっと動かない。
此方の出方を伺っているのではないだろうかと思ったスゥは、少し下がって様子を見ることにした。
物陰の隙間から目だけを覗かせる。
こうしておけばそうそう見つかることはないだろう。
少し声が聞き取りにくいかもしれないが、スゥは耳がいい。
この距離えあれば何とか聞き取れる。
片手で耳を覆う。
こうすると少し聞き取りやすくなるような気がするのだ。
暫くしていると、男の元に誰かがやって来た。
片腕がない人物で、少し乱れた海賊のような服装が彼の性格を映し出している。
ポテッと飛び出した腹が揺れる。
だらしのない姿で酒を煽り、男に突っかかった。
「まだなのかぁ~? 武器は!! あの武器は!!」
「夜だ。響く。黙れ」
「チッ」
彼の言葉を軽く受け流し、端的にそう言った。
寡黙な人だという印象を受ける。
スゥはここで考える。
武器とはどういうことなのだろうか。
あの小太りの男は武器はまだかと言っていた。
彼の言っている事がまだ石動の作る武器に関してのことなのか分からないので、スゥはまたその二人の会話に聞き耳を立てる。
「どんだけたけぇ金払ってると思ってんだ? なんでまだ来ねぇんだよ」
「素材がない。催促も無意味。なんなら、あの鍛冶師は依頼を見切った」
「はぁー? んでだよ。領主命令ってことにしたんだろ? どうなんだよ」
「した。偽の依頼書を作った。バレないように工作もして辻褄も合わせた。献上品だから内密の話にしている。そっちは問題ないが、問題は鍛冶師が見切ったこと。まさか見切るとは思ってなかった」
「それを何とかするために奴隷雇ってるんじゃないのかよ。催促させに行ってんのじゃないのかよ」
「あの鍛冶師、強い。向かわせた奴隷、及び海賊、裏界隈の下っ端にも行かせているが、誰も歯が立たない」
「じゃあ今度はお前が行けよ」
「……契約範囲外の仕事内容」
「金か? あぁあぁ分かったよ。あの武器が手に入ればお前に払う金なんて百分の一くらいだからな。だが絶対に作らせて来い、いいな?」
「……ああ」
最後に男に指をさして念を押した小太りの男は、苛立たし気に踵を返して何処かに歩いて行ってしまった。
男はため息をついて欠伸をする。
「めんどくさ……」
「いやいや、まぁお金手に入るし、いいんじゃない?」
「……」
男の後ろから女性がヌッと現れた。
まったく気配を感じなかったのか、それとも元からいる事を知っていたのかは分からないが、男は無表情のまま目だけで女を見る。
「ていうか貴方あの居酒屋で何探してたの?」
「……鍛冶場にいる用心棒」
「ああ……なんか強いらしいわね! 私戦ってみたいわぁ~」
「楽な方が良い……。いっそのこと誘拐すればいい」
「でもアスベ海賊団は鍛冶場なんて持ってないわよ~」
「あとは何とかしやがれよ……向こうで……」
鬱陶しそうに手をひらひらと動かした。
裏界隈で仕事をしているこの二人に、失敗は許されない。
失敗すれば死が付きまとうことになるからだ。
だから契約期間が切れるまでは、この二人はあの男に逆らうことができないのだ。
金を出し渋れば、それで逃げることができるのだが。
「レントがんばっ!」
「……はぁ……。暫く空ける。兵を探す」
「え、私たち二人で行けばいいんじゃないの?」
「俺が出る程の者ではなさそうだ」
「ふーん」
女は手の平の上で、水の玉を作りだした。
それを見て、レントと呼ばれた男は首を傾げる。
「どうするんだ」
「こうするのっ」
そう言って、女はスゥのいる場所に向けて水の球を放った。
放たれてから時間が立つ度に水の玉は小さくなっていくが、その代わり威力が増していく。
スゥの隠れていた物陰は完全にその水の玉に貫かれた。
小さな音だけが響く。
満足そうににんまりと笑う女を見て、レントは肩を竦めた。
雑魚相手に何を本気になっているのだろうか。
「……あ、あらっ?」
「む……?」
違和感があった。
気になってそちらの方向へと向かってみると、女は驚愕する。
「……なにも、いない……?」
明らかにこちらを見ている気配はあった。
そして攻撃で物陰が撃ち抜かれるまでその気配は確実にあり、確実に仕留めたと思っていたのだ。
だが、見れみてばそこに人影はない。
血痕すらないので逃げたわけでもなさそうだ。
元から、そこには誰もいなかったかのような不自然さが残っていた。
女は首を傾げる。
だが確かに手ごたえはあった。
裏界隈で仕事をしているほどの実力を持つ彼女が、こうして攻撃を外すことなどまずもってなかったのだ。
「ティール、貴様が外すとはな」
「は、外してないし! 確かに手ごたえはあった……。ほ、ほら! ここは貫通してるけど、こっちには弾痕がない……」
「……少し、相手を侮っていたかもしれないな……」
熟練の者ともなれば、わざと気配を出して相手に警戒をさせないようにすることも可能だ。
対峙すれば流石にそんなごまかしは効かないが、こうして隠れるような技としては使える。
しかし気配はそんな熟練のようなものではなく、完全な素人のような感覚だった。
自分の勘が鈍ったのかとも思ったが、二人共が勘違いするのはおかしい。
「……逃げられたか」
「かも。ちょっとヤバイ?」
「さぁ。俺はあいつら嫌いだし、どうなってもいい」
「あっそ。まぁ仕留め損ねたのはちょっと悔しいなぁ……。もうここに居続けるのはちょっとあれか」
「だな。今日帰るぞ、解散だ」
ティールが頷いた後、二人は跳躍して屋根の上に登る。
そのまま屋根を伝って何処かへと去っていった。
時々後ろを振り返っては見たが、逃げた相手はどこにも見当たらなかった。
あの二人が完全に見えなくなった頃、土が盛り上がった。
その土はベッと何かを吐き出す。
「ッ!!」
地面から飛び出したのはスゥだった。
体中が土まみれになっていたが、怪我は一切ないようだ。
口の中に入った土をぺっぺっと吐き出して口を袖で拭う。
スゥが後ろを振り返ってみると、そこには盛り上がった土がある。
そしてその中に、葛篭の大太刀、獣ノ尾太刀が顔を出していた。
獣ノ尾太刀はスゥが無事だったことを確認すると、ズズズズッとまた地面の中へと潜って行ってしまった。
主を亡くしても奇術をひとりでに使い続ける刀、獣ノ尾太刀。
助けられたスゥだったが、その事に少し不気味さを覚えた。
木幕とレミは黙っているが、スゥは葛篭が死んだ事を知っている。
嗅ぎ慣れない血の匂いというものは、良く分かるのだ。
だがそれを咎めるつもりはない。
彼らの旅は、そう言う旅なのだから。
「……っ」
獣ノ尾太刀にぺこっと礼をしたスゥは、帰路につく。
流石にレミに怒られるだろうなと覚悟しながら、あの居酒屋へと戻ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます