7.20.変な動き


 夜が深まれば深まる程、酒場はどんどん盛り上がる。

 店に入ってくる客はいなくなり、今は居座っている者たちだけでどんちゃん騒ぎをしていた。

 賑やかなものだと、スゥは目をパチクリさせながら周囲を見渡す。

 これだけ大きな声で騒がれれば、眠たくなるはずの時間であっても目が覚めるというものだ。


 店員も彼らの会話や冗談に受け答えしながら、楽しそうに仕事をしている。

 既に潰れてしまっている人もいるようだが、そう言った人は完全に無視して宴会を楽しんでいるようだ。

 夜なのに昼間の賑やかさがある。

 彼らは明日後悔することになるかもしれない。

 使い物にならなくなる前に、酒を飲むのを止めることができればいいのだが、これが難しい。

 分かっていても飲んでしまう。

 酒という誘惑はとても恐ろしいものだ。


 しかしレミはあまり酒を飲んでいない。

 と言うより、隣にいる魔法使いの姿をした女性にだる絡みされており、自分のペースで飲めないといった事情があった。

 子供のスゥがいるので、あまり飲まないということも決めていたのではあるが。


 二人は未だに会話をしている。

 基本的にはテディアンのマシンガントークが続いているだけだ。

 レミはそれに軽く受け答えしながら、運ばれてきている料理をつまんでいる。


 こうなるとやることがない。

 声が出せないので店員は気が付いてくれないし、かと言ってあまり遠くに行くわけにもいかない。

 情報収集をしようにも声が出せないので役には立たないだろう。


「ー……」


 鼻でため息をつく。

 ここには情報収集のために来たのに、レミがテディアンによって拘束されていて使い物にならない。

 ここは動ける自分がと行きたいところではあったが……。

 やはりそれは難しい。


 とりあえずスゥは、調べる情報について頭の中で整理してみた。

 まずは奴隷商について。

 これは先ほど店の前を通ったので分かっている。

 だが本当に知りたいのは、その奴隷商が何故領主の名前を偽って石動に武器を作らせようとしているか、ということである。


 普通に考えれば武器目当てという線が濃厚ではあるのだが、名前を偽ってまで依頼をするものなのだろうか。

 普通にいけばいいのではないだろうか、と言うのがスゥの考えだ。


 そもそもそんな事が可能なのだろうか。

 それがバレればただでは済まないということは、スゥでも分かる。

 嘘は良くないからだ。

 この辺りも調べてみたいなと、スゥは一人で考えていた。


 ふと、店の中を見渡す。

 様々な人が酒を飲みかわし、料理を食べ、楽し気に笑っている。

 顔は赤くなって態度が大きくなっている人たちが大半だ。


 その中で、妙な動きをしている人物を見つけた。

 ローブを被っているのであまり表情は見えないが、なんだが周囲を警戒しているように見える。

 するとこちらを向いた。

 何かを確認するようにして、遠くの人物を数人睨みつける。

 その後怯えるように周囲をキョロキョロと見渡し、それを誤魔化すようにしてコップに入った水を飲む。

 飲み終えると、その場に金を置いて立ち上がった。


「……っ?」


 コテンと首を傾げる。

 変な動きをしている人物だ。

 鋭い表情で数人の顔を確認し、その後におどおどとしてその場を立ち去ろうとする。

 それに顔をできるだけ隠そうとしているということが分かった。

 あまり存在を認知されたくはないのだろう。


 賑やかすぎる居酒屋では、ああいった者ほど良く目立つ。

 だがこれだけの賑やかになっている居酒屋なので、誰も人一人の行動を気には止めないようだ。

 スゥは彼を追いかけてみようと思い立ち、その場と離れた。

 レミには悪いと思ったが、会話をしていて情報収集なんてしそうにない。

 今追いかける人物も当たりか外れかは分からないが、何もしないよりは面白そうだ。


 幸い、騒ぐ客たちのお陰で足音は完全にかき消された。

 レミにもテディアンにもバレることなく、居酒屋を後にする。


 外に出てみると、ローブの男は跳躍して屋根の上に上っていた。

 表情こそ見えないが、その雰囲気は完全に先ほどの鋭い表情を浮かべていた時の人物だ。

 屋根の上をカタカタと歩き、また跳躍して違う屋根へと乗り移る。


 流石に出遅れてはいけないと、スゥは身を低くして走った。

 足音はできるだけ立てないようにしていいるつもりだが、流石に木幕の様にはいかない。

 しかし腰を常時落とした状態での疾走は、普通に走るよりも幾分か足音を殺してくれているような気がした。

 それに向こうもこちらに気が付いていないらしい。

 スゥはそのまま、見失わないようにしつつ、一定の距離を保ちながら追跡をしていったのだった。

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