7.19.酒場にて


 外套を羽織らなければならないくらいに、夜は冷え込む。

 夜に移動をする人や、帰路につく冒険者なども身を震わせながら歩いていた。

 春とはいっても夜は冷え込む。

 温度の上がり下がりが激しいこの季節は、やはり体を崩しやすい一つの原因と言えるだろう。


 しかし、部屋の中に入ればその冷たさも防ぐことができる。

 誰もが今日一日の疲れを吹き飛ばすために、酒場へとなだれ込んでいた。

 入った瞬間からすでに出来上がっている熱気によって、暖房でもかかっているのではないだろうかと錯覚する。


 多くの人たちが一つのテーブルを囲い、並べられた料理をエールと一緒に腹に入れていく。

 誰もが美味しそうに料理を食べ、酔っている勢いもあって盛大に笑いながら楽しそうに会話をしていた。

 これだけの人がいるということは、ここの料理は期待できそうだ。


 レミとスゥは、入った瞬間に勢いに飲まれそうになって身を引いた。

 流石繁盛している店は凄いなと、心の中で呟いた。

 スゥは少しうるさそうにして片耳を塞いでいる。

 元より耳がいいので、こういった大音量はスゥが苦手とするものだった。


 来店に気が付いた店の者が、話しかけてくる。


「いらっしゃい! お二人さんかな?」

「はい」

「んじゃ、こっちどうぞ! おーい! 飲み物東の三番ー!」

「あいよぉー!」


 案内された席に座ると、すぐに水が届けられた。

 そしてすぐに注文を取ってくれる。


「何にする?」

「おすすめはあるかしら?」

「だったら海産物だな。アテーゲ領の魚は新鮮だからね! いろんな魚の塩焼きと、蒸し焼きがあるよ! おすすめの魚はタラエだよ!」

「じゃあその塩焼きで。それとエールを一つ。この子にはミルクをお願い」

「っ! っ!」

「え? あれが食べたいの? じゃああの大きなお肉もお願い」

「かしこまり! 次頼むときはその辺の店員を呼んでね。おーい! 東の三番、エールとミルク、タラエの塩焼きとダコタ焼き!」

「あいよぉー!」


 注文を繰り返し、カウンターへと声だけで伝えて行く。

 東の三番と書かれた小さな棚の中に、数字の書いてある札を入れた。

 どうやらあれは注文を忘れないようにするための物のようで、番号には意味があり商品の内容が書かれている。

 繁盛している店はこうして注文を忘れないようにしているらしい。


 慣れた手つきで札を入れると、給仕が札の数字を見て食材を取っていく。

 運ぶときにその札を元の位置に戻し、給仕はエールと山羊のミルクを持ってきた。


「料理はもう少し待ってね」

「ありがとう」

「っ!」

「フフッ。ごゆっくり」


 運ばれてきたエールを手に取る。

 あの時見た酒よりはさすがに安物だろうが、こういうものはこういうものなりの旨さと言うのがある。

 クッと傾けて飲んでみると、強い刺激が口の中で弾けた。

 思わず強く目を瞑ってしまう。


「ん~! 美味しい……!」

「っ~」


 真似をするようにミルクを飲むスゥに、レミは微笑む。

 とりあえず今は食事を楽しもう。

 情報収集は食事を味わった後からでも問題はないだろう。


「お姉さん、いい飲みっぷりだねー」

「えぁ、ああ、どうも……」


 すると、隣に座っていた女性が声を掛けて来た。

 魔法使いといった姿をしている彼女は、少し赤くなった頬をムニムニと揉んでいた。

 明らかに少し酔っているということが分かるが、まだまだ序の口らしい。

 受け答えがはっきりとしている。


 紫色の髪の毛は腰まであった。

 スレンダーな体格で腕は細く、力を入れれば折れてしまいそうだ。

 華奢な体と表現するのが適切かもしれない。

 丸眼鏡は大きく、時々くいっと持ち上げて位置を調整していた。


「お名前はー?」

「レミです。こっちはスゥ。貴方は?」

「あたしはテディアン。見ての通り魔法使いよー。貴方たちは冒険者? 弱そうに見えるのに強いわよねー」

「冒険者です。強いかどうかは分かりませんが」

「えぇ~。二人とも強いじゃなーい。オーラが違うわぁ~」

「お、オーラ……?」

「そうそう~。魔力とでもいうのかしらぁ?」


 どうやら彼女には、魔力が可視化して見えているらしい。

 基本的には薄いものなのだが、近くで相手を見るとその濃さが分かるのだという。

 レミは青く、スゥは黄色い。

 体に纏っている魔力が多ければ多い程、その人は強いというのがテディアンの経験則だった。


 それ故に、少し興味を持って話しかけてくれたらしい。

 情報収集には少し早いかもしれないが、こうして話しかけてくれたのだから聞けることは聞いておきたい。

 だがどうして話を切り出したものか悩む。

 ド直球に聞いてもいけないので、できるだけ遠まわしに聞いておきたかった。


 しかし、彼女の口が全く止まらない。

 マシンガントークの如く喋る倒し始める。


「だけどねぇー、ほとんどの人は見透かされてるみたいで気持ち悪い~って言うんだよねぇ。おめぇの弱い魔力なんて見たって面白くないってのぉー。さっきだってパーティーから抜けて来たんだからねぇー!」

「へ、へぇ……」

「それに聞いてよぉ。あいつら自分がへましただけなのにあたしに責任押し付けてさぁ? 酷くなぁい!? もーこっちから出て行ってやったわ! あれ、エールが……。東の四番エール一本ちょうだーい!!」

「あいよー!」


 あかん、完全に酔っ払いだった。

 絡んでしまったことを後悔したレミだったが、既に抜けられそうにない。

 そしてなかなか話も聞けそうになかった。

 彼女の愚痴にとりあえず相槌を打って受け流す。


「っ~~♪」


 スゥは運ばれてきた料理を一人美味しく食べていた。

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