7.16.往生際が悪い


 よろよろとしながら立ち上がるデルゲンは、まだ瞳に炎を宿していた。

 逆恨みで闇討ちなどされては困るので、今度は木幕が彼の前に立ち塞がる。


「あんた……いい加減にしなよ」

「うっせぇな! このままじゃ負けても負けらんねぇんだよ! 男の戦いってのがあるんだ! お前は黙っていろ!」

「面倒くさいなぁ男って……」


 ラックルはぼさぼさの短髪をバリバリと掻く。

 呆れているということは分かるのだが、今回は止める気はなさそうだ。

 まぁそっちの方が気が楽である。


 木幕は彼の前から数歩離れた場所に立ち、構えを取った。

 武器は持っていない。

 デルゲンと同じ様に無手での戦いだ。


 彼にも船長としてのプライドがあるということは分かった。

 突然やって来た得体の知れない人物に互角の勝負をした姿を、部下たちに見られてしまったのだ。

 それを認めるわけにはいかないのだろう。

 だからこうしてまた立ち上がる。

 自分が負けを認めるのは、死んだときと決めていた。


 体格、筋肉量。

 全てにおいてデルゲンは木幕よりも上である。

 こいつには勝って当たり前で、その次にもう一度石動をひねろうと考えていた。

 その慢心が、敗北を呼び込む。


「ぅえ?」

「まず、一本」


 飛び込んで殴りかかったデルゲンは、いつの間にかひっくり返っていた。

 そして強烈な衝撃が、背中から伝わってくる。

 受け身を取ることはできなかったが、砂地だったのである程度の痛みは軽減したようだ。


 だが何が起きたか全く分からなかった。

 すぐに立ち上がって距離を取る。

 木幕はそれに合わせて肉薄した。


「!!?」

「二本」


 足を引っかけられ、腕を引っ張られてまた地面に背を打った。

 どういうことだと考えるよりも先に、デルゲンは木幕の腕を掴んで強引に引っ張ってぶん投げる。

 だが、するりと腕を抜かれ、空を投げる形になったデルゲンは背後から襲われて肩をトントンと叩かれた。


「刀であれば二度斬った。槍であれば完全に貫いているぞ」


 腕を掴まれた時、相手の手の甲側に捕まれている腕をひねり上げると、意外と簡単に逃げることができる。

 少しコツはいるが、慣れれば誰でもできるようになるだろう。


 デルゲン歯を食いしばる。

 上体を起こして立ち上がり、その瞬間に腕を大きく横に振るって木幕を殴る。

 しかしそれを今度は回避され、木幕は人差し指を立ててデルゲンの喉仏の下部を押し込んだ。


「おおぅええええ!!」

「三本」


 えずきながら膝をついたデルゲン。

 せき込んで息を整えているが、思いっきり押し込んだので少しの間は動けないはずだ。

 これで懲りてくれるだろうか。

 彼は今下を向いているので表情が分からない。

 しかし先ほどまでの殺意は何処かへと消失しているようだった。


 せき込み始めたデルゲンに、ラックルが近づいて背を撫でる。


「諦めな。素手でここまで手加減されてんだ。戦ってばかりいたお前なら分かるだろう?」

「ぅえっ……げっほごほごほ……」

「お兄さん、躾けてくれてありがとうね」

「なんてことはない」


 木幕は服を軽く直す。

 デルゲンは軽すぎる地味な攻撃であれば、しっかりと肉体にダメージを与えられる。

 所詮は人間なのだ。

 意外と知られていない急所は、武器などなくても手だけあれば何とかなる。


 またゆっくり話す機会があれば良いとも思ったが、今それを言えば皮肉になってしまう。

 木幕はそそくさとその場から離れることにした。

 それに石動も付いていく。


 残された二人は、その背中を見送った。

 ラックルが軽くデルゲンの背中を叩く。


「久しぶりに負けた気分はどうだい?」

「げっほ……。負けるって、こんな悔しかったか?」

「プライドが高くなってる証拠だねぇ。でもま、船の上じゃあんたに勝てる奴はいないよ」

「だといいが、なぁ……。ゲホッ」


 デルゲンはよろめきながら立ち上がる。

 それを支えるラックルは何処か嬉しそうだ。


「んだよ」

「いや? 負けるってことはまだ強くなれるってことだからね」

「ああ、そう言う考え方もあるのか……」


 少し感心したようにそう呟く。

 二人はそのまま拠点へと戻って行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る