7.2.海岸沿い


 日の光が水面を照らしている。

 波打つ度に眩い反射光が目を貫いてくるが、視界で捉えていれば問題はない。

 直視すると暫く目に残ってしまうので、それだけは避ける。


 気候も温かくなり、とても心地よくすごしやすい。

 春真っ盛りのこの時期、新しい命が芽吹き始める。

 草木が芽を出し、虫が飛び回って冬眠していた動物たちがもそもそと体を動かした。

 久しく見ていない太陽の光に、また目を瞑ってしまう。


 海岸沿いを馬車で移動中の三人は、潮の香りを楽しみながら休憩していた。

 これだけいい陽気なのだ。

 一度こうして休み、昼寝でもしていた方が有意義である。


 障害物が何もないここは、風も気持ちがよさそうに吹いている。

 潮の香りと遠くまで運んでいき、鼻孔をくすぐった。

 少し強いが、悪くはない匂いだ。


「っ~~」


 スゥは気持ちがよさそうに寝転んだ。

 油断していると寝てしまいそうだ。


 ふと、ここで釣りがしたくなったなと、木幕は思った。

 久しくしていない。

 しかしこの世界の釣りはどういったものなのか分かっていない。

 魔物がいるくらいだ。

 海にいる怪物が釣り上げられてもおかしくはない。


 だが、何故だか海を見ていると無性に釣りがしたくなった。


「ふむ、釣りでもできればよかったが……」

「あー、海の釣りとか面白そうですねー。アテーゲ領に行ったら探してみます?」

「悪くないな。山ばかりで少し飽きていたところだ。暇があれば釣りでもしてみよう」

「了解です。どうします? もう出発しますか?」

「そうするか」


 木幕は立ち上がり、服についた砂を払う。

 それに続いて二人も立ち上がって馬車に乗り込んだ。


 あれから一週間と二日が経っていた。

 葛篭のことは、スゥには黙っている。

 目的地が違う方向だったので、夜の間に分かれたと言って誤魔化しているが、どうにも腑に落ちないようにスゥは首を傾げていた。

 だが今から調べることは無理なので、とりあえず考えるのは止めにしたらしい。


 アテーゲ領はもう遠くの方に見えているのだが、まだ少し時間がかかりそうだ。

 この道中は特に危険はなく、無事に進むことができていた。

 いつもこれくらい平和であれば、気も楽になるのだが。


 レミは馬車を動かした。

 海岸から吹いてくる砂が少し道に溜まっているため、車輪の跡がくっきりと残る。

 馬はさほど気にしてはいないようだ。

 馬車を引くのに支障はないのだろう。


 しかし綺麗な海岸である。

 ここは広く、砂浜もそれに見合う程に広大だ。

 夏になれば海が美しい水色に輝くことだろう。


 遠くの方には島も見える。

 その周辺では沖に船を出している漁船らしき姿も見えた。

 どうやら漁をしているらしい。

 ここからでは遠くて船がいるということしか分からないが、船上では漁師たちが掛け声を出して懸命に網を引き揚げているのだろう。


 アテーゲ領は海が近いということもあって、漁業が盛んである。

 海路を使って貿易も頻繁に行っているらしく、ここには様々な物品が届くようだ。


 その為、海軍の質が非常に良いらしい。

 貿易船の護衛をする為に護衛船を何隻か同行させるらしいのだが、その乗組員が猛者ばかりなのだという。

 船の数も多く、造船所も何個かあるとの事。

 海の上では魔王軍だとしても絶対に引けを取らない自信を持っているらしい。

 その為少しプライドが高いのだとか。


 そんな話を、道中で聞いた。

 アテーゲ領からライルマイン要塞へと向かっている御者だったらしく、情報を少し得ることができたのだ。

 商人だったのでしっかり情報料を取られてしまったが、致し方ない。

 ここは有益な情報をくれた彼に感謝しておこう。


 葛篭からは、ここにも侍がいるとは聞いているが……木幕の持っている武器は槍だけである。

 奇術も消えた今、木幕の戦闘能力は大きく劣ったといってもいいだろう。

 だが素の力量はいまだ健在だ。

 槍術も型を作っておいてよかったと、木幕は心の中でほっとしていた。


 アテーゲ領でまずすることは、武器の調達だ。

 日本刀のような物はないと考えた方が良いだろう。

 妥協するしかないというのが歯痒いが、ない物ねだりをしたところで現状が変わるわけではない。


 刀鍛冶がいればいいとは思ったが、日本刀を作れるだけの職人はこの世界にはいない。

 使っている鉄が違うのだ。


 しかし、ライアの居合刀は何とか日本刀に似せて作られてあった。

 それだけの技量を持つ職人ならいるかもしれない。


 そんな淡い期待を抱きつつ、木幕は葉隠丸を優しく撫でる。

 こいつが折れたことは、レミとスゥにも伝えていない。

 どうせバレることにはなるだろうが、自分から報告することはできなかった。

 未だ折れたことを認めたくない自分がいるのだ。


「こいつの代わりなど、いるはずもないか……」

「?」


 独り言を聞いていたスゥが、首を傾げた。

 何でもないよ、と首を横に小さく振り、海を見る。

 陽光が馬車を照らしていた。

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