7.3.アテーゲ領


 アテーゲ領。

 漁業が盛んであり、領自体が海に面しているということもあって多くの国と貿易をしている。


 大きな城壁は壁こそ高くないが分厚い。

 その代わり物見櫓のような建物がいくつか見受けられる。

 城壁には水堀が設置されており、水を全面的に上手く利用した防衛設備が施されていた。


 どうやら降りてきている川の水も引いて、周囲にある畑に水を通しているらしい。

 城壁も大きいが、その周辺にある田畑も立派だ。

 アテーゲ領から離れるごとに城壁は質素なものへと変わっていくが、それでも国全体を潤すだけの力はあるということが分かった。


 商人や馬車も多く行き来しており、中に入るのにも一苦労だ。

 城門が多く設置されていたこともあって、あまり時間を掛けなくて済んだが商人は持ってきた品を確認してからでなければ入国することはできないらしい。

 だが面倒くさそうにすることもなく、商人は兵士たちの言葉をよく聞いて持ってきた品を確認してもらっていた。


 真面目なものだ。

 だが商人は信用が絶対の生業である。

 大きな交易都市となっているこの領地に入るのを面倒くさがり、一つの手間を省いて後になって後悔するより、一つ一つ丁寧にしてから入れば大手を振るって商売ができるのだ。

 何を面倒くさがる必要があるのだろう。


 木幕たちは城門を通る。

 降ろされた橋を進み、中で身分証明書となる冒険者ギルドのカードを見せた。

 するとすんなりと通して貰える。


 中に入ってみると、若干磯の香りが強かった。

 漁業が盛んということもあって、様々な海産物を水揚げしているのだろう。

 大きな港が、ここからでも良く分かる。

 ぽっかりと口を開けた城壁が、船を入れたり出したりしているようだ。


 そして何と言ってもここは賑やかだ。

 海の男が集まる領地、アテーゲ領。

 船を出せば戦争、水揚げをしても戦争、交易商が来ても男たちはバタバタと走り回り、指示を飛ばして積み荷を運んでいく。

 活気のある町である。


「さて、ここにスラム街はあるのか?」

「あー、ここには無いみたいなんですよね」

「ほう? それまた……。これだけ大きな国であればあってもおかしくはないが……」

「なんでも、毎年人手が足りないらしくて、飯でもなんでも食わせてやるから仕事を手伝ってくれ、っていう職場が多いみたいです」

「なるほどな」


 となれば、ここで孤児院を作る活動はしなくてもよさそうだ。

 ライアたちがいるので任せていても何とかなるとはいえ、やはり自分から始めた事なのでやり通さなければならない。

 だが貧困層がいないのであれば、ここですることは侍を探すことである。


 と、その前に……。

 まずは鍛冶師の元を訪れて刀を打ってもらいたい。

 できるかどうかは分からないが、これだけ大きな国なのだ。

 一人くらい刀を模した武器を作ってくれる人物はいるはずである。


 馬車を指定されていた場所に預けた後、三人はまず武具屋に向かった。

 だがその武具屋は鍛冶場が付いていない。

 何処から武器や防具を仕入れているのかを聞いてみると、港の真反対に鍛冶工房が多く点在しているらしい。

 特注の品なんかはそっちで作ってもらいなと、教えてもらった。


 であれば早速行くしかない。

 レミとスゥは何故木幕がまた新たに武器を欲しているのか良く分かっていないようだったが、それは無視して鍛冶場へと急いだ。



 ◆



 指定された場所に来てみると、確かにあちらこちらから鉄を叩く音が聞こえてくる。

 大きな槌を振っているのか、大きな鉄を叩く音も聞こえて来た。

 周囲の家々からは煙が上がっており、今まさに武器を打っているところだということが見て取れる。


 しかし、何処がいい鍛冶場なのか分からない。

 鍛冶師は自分の技術に最高の誇りを持っている。

 この国一番の鍛冶師はいないかと聞けば、俺だと絶対に豪語するだろう。


 当たりはずれがあるとはいえ、ここでの見極めは非常に重要である。

 さて何処が良いだろうかと悩んではみるが、やはりなかなか決まらない。

 適当に入るわけにもいかないし……かと言ってこのまま止まっていれば誰かに見つかって誘われるかもしれない。


 どうしよう、と考えていると……一つの鍛冶場から人間が吹っ飛んでいった。


「「「!?」」」


 ゴロゴロゴロゴロッ!

 甲冑もガシャガシャと騒ぎ立てながら痛そうにしていたが、その甲冑はひしゃげている。

 いったいどんな攻撃を喰らったらこんな形になってしまうのだろうかと疑問を抱いたが、それは鍛冶場から出てきた一人の大男が持っている武器を見て理解することができた。


 彼の持っている武器は、地獄の鬼が持っているような金砕棒だ。

 八角形の鉄の塊であり、その大きさは六尺ほどだろうか。

 しかし手持ちに当たる部分が長い。

 明らかに重い重量を醸し出しているその金砕棒の手持ちには、しめ縄が巻かれている。


 真っ黒なその金砕棒を握りしめるのは、白い服を着て、頭に手拭いを巻いた大男。

 顔は角ばっており大きい。

 だが体も大きいので違和感は全くと言っていいほどないだろう。

 分厚い皮膚で金砕棒を握りしめる腕は、血管が浮き出て筋肉が盛り上がっていた。


 大男は、金砕棒を肩に担いで叫ぶ。


「だ、か、らぁ……! おまんらの依頼は受けねぇ!! そう何度も言ってるだ!! おいはもう作るって決めた人間にしか、武器は打たん!!」

「──」

「フンッ!」


 大男は倒れ伏している兵士から目線を外した。

 そこで、木幕たちが一瞬目に入る。

 それに気が付いてバッと振り向いた。


「……葛篭め……。そういうことか」


 ここでようやく葛篭が言っていた言葉を理解することができた。

 武器が折れたことに気が付いた葛篭は、鍛冶師がいるアテーゲ領に行けと、そう言ったのだ。

 彼であれば、確かに日本刀を打つことができるかもしれない。


 そして、同郷の顔を見た大男が最初に木幕に発した言葉は……。


「こ、殺してくれえええ!!」

「はっ?」


 これだった。

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