6.15.苛立ち
包帯や医薬品が転がっている。
綺麗な一室だが、物が散乱していて綺麗だとはいえないだろう。
また苛立ちを含ませた声を上げながら、執事が持ってきたであろう回復薬を地面に投げ捨てて割ってしまう。
ベッドの上で殴られた顔をさすっている一人の貴族がいた。
その顔は大きくひしゃげており、鼻も折れて頬の皮が抉れ、更には骨にも罅が入っている。
一体どんな馬鹿力で殴られればこんなことになるんだという程に酷いものだ。
顔には包帯がグルグルと巻かれており、歯は何本か吹き飛んでいる。
食事をする事もままならず、最近は咀嚼する必要がないスープしか飲めていない。
こんな酷い生活があってなるものかと、彼はまた苛立ちを募らせた。
クレマ・ヴォルバー。
ライルマイン要塞に住まうヴォルバー公爵家の一人である。
何故自分がこんな目に遭ったのか未だに理解できない。
昨日だ。
事件は昨日起った。
街道を馬車で移動中、一人の男が前を通り過ぎたのである。
それだけなら何も問題なかったが、彼は一度素手でその馬車を止めたのだ。
馬車が揺れて中にいたクレマは何が起きたと外を見た。
すると、大きな剣を持った男性が馬車を片手で制止させたまま、轢かれそうになっていた子供を向こうへと押しやっていた。
御者は彼に避けろと言ったようだったが、それに男は反論した。
『ガキが轢かれそうだったっちゅーんに、なげなぁそん態度ぁ。馬ん
訳の分からない喋り方をしていた。
だが言いたいことはなんとなく分かった。
しかし、貴族の馬車を止めるなどあってはならないことだ。
なんせこちらは公爵。
相手は服装からして貧民であった。
そんな汚い手が馬車に触れ、馬を止めていたのだ。
クレマはそれに怒った。
御者は何も悪くはない。
ただ一人の貧民が轢かれたといって何があるのだろうか。
飛び出してくるその子供の方が悪い。
そう言って反論した。
すると、その男は馬を放り投げ馬車を破壊したのだ。
何とか飛び出して逃げおおせはしたが、男はクレマの前に立ち、胸ぐらを掴んで空中へと引きずり上げ、思いっきりぶん殴った。
クレマの意識はそこで途絶えることになる。
あれから痛みが止まらない。
あの不届き者……いや犯罪者を捕らえて監禁し、処刑しなければ気が済まない。
今も激痛が走り、また回復ポーションを腹の中に入れていく。
だがいくら飲んでも回復しない。
歯も元に戻らないし、骨も治りはしなかった。
回復阻害をされていると、治療に当たった神官は言っていた。
これを解除しない限り、自然に治るまでこの痛みと付き合い続けることになるだろう。
そんなもの耐えられる筈がない。
回復ポーションは痛みを軽減させてくれるだけ。
薬品は気絶しそうなほど痛いし、もう二度と使いたくはなかった。
コンコンッ。
ノックの後、また執事が入って来た。
すらっとした姿をしている彼は、このヴォルバー家で優秀な執事である。
今もなくなったであろう回復ポーションを調達して、この部屋に運び入れてくれた。
「お加減は……」
「いい訳ないだろう。状況は」
「失敗したとの事です」
持っていたポーションをまた床に叩きつける。
どうして捕まらないのだ。
あのような変人が我がライルマイン要塞斥候兵に勝るとでも?
何か卑劣な手段を使ったに違いない。
協力者は誰なんだ。
考えれば考える程悪い方向に向かっていっている気がする。
だがあれだけは何としても捕まえなければ気が済まない。
「ウォンマッド斥候兵。彼らが負けるとなると相当な強者です。ここは冒険者に──」
「あんな下賤な者たちに任せられるか! 金もかかるだろう!」
「彼らは優秀な兵士。その次に優秀となると……暗殺部隊となりますが」
「じゃあそれを使え!」
「はっ」
執事は回復ポーションを机に置きながら、そう答えた。
置き終わった後、一度礼をして出て行こうとするが、一つ言い忘れていたことがあったの思い出したようで、また振り返る。
「目標の人物ですが、どうやら仲間がいるようです」
「……それが?」
「それを使っておびき出しますか?」
「……いいな。いいじゃないか。やってくれ」
「承知いたしました。暗殺部隊であれば容易でしょう」
真顔のまま、執事は今度こそ礼をして部屋を出ていった。
今までは一人だという話だったが、ここに来て仲間ができたのか。
であれば使うしかないだろう。
クレマは不敵に笑い、憎しみを籠めてまたポーションを叩き割った。
弾けたガラスが、また部屋に散らばっていく。
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