6.14.撤退
完膚なきまで叩きのめされた斥候兵は、その場で固まっていた。
そこに、体を震わせて歩いてきた人物がいた。
ウォンマッド斥候兵の隊長、ウォンマッド・エースロディアである。
彼らの様子を見て、負けたのだなと直感した。
周囲を見てみれば戦いの後が見て取れる。
地面が隆起し、古い家屋が倒壊し、兵士の鎧であろう部品がその辺に転がっていた。
彼はそのような力を有しながらも、一人して仲間を殺してはいない。
ウォンマッドはそのことに深く感謝した。
「うぇっくし! ああ、ううぅ……さ、寒すぎる……。寒さでここまで、体が動かなくなるなんて……」
手はかじかみ、震えが止まらない。
早く帰って体を温めないと本格的に風邪をひいてしまいそうだ。
今回の作戦は失敗。
何度も取り逃がしているのでいつも失敗に終わっているといっても過言ではないが、今回は本当の失敗だ。
取り囲んで戦闘をしたというのに、逆にこちらが負けている。
怪我をしていない者は多いが、心ここにあらずと言った様子で怯えていた。
一体何があったというのだろうか。
「エルマ? エルマは何処だ?」
「……」
一人の兵士が穴の開いている家屋を指さした。
よく見てみれば、そこには人の足が家屋から突き出している。
ぎょっとしてその場所に近づいてみれば、エルマが吐血して気絶していた。
副隊長がやられるのを見て、兵士たちは完全に戦意を失ってしまったのだろう。
小さな体で何とかエルマを担ぎ上げる。
分厚い剣をいつも担いでいるので、これくらいは朝飯前だ。
「撤退だよ。君たち」
その言葉に安堵した者が殆どだ。
ここまで心を壊す程の逸材。
ウォンマッドとしてももう敵には回したくない存在だ。
だが貴族からの命令であれば、また向かわなければならなくなる。
しかしこれ以上兵士たちの心を折ってしまえば、もう立ち直れなくなる可能性もあった。
できればこの兵たちだけは、暫く戦線を離脱させてやりたい。
ウォンマッドとしても、これ以上無益な戦いはしたくないのだ。
本当に飛んだ貧乏くじを引かされたものだと、頭を掻いた。
ウォンマッドは兵士たちを連れて、その場を後にしたのだった。
◆
人通りの多いギルドを通りすぎ、木幕たちは泊っている宿に到着していた。
葛篭もそこに泊ることになり、その分の金を追加で支払っておく。
木幕はそこで、さてどうしたものかと頭を悩ませた。
葛篭は強い。
強すぎるということが、先ほどの戦いで理解することができた。
同行しているのは葛篭の興味と久しぶりの宿での宿泊ができるということだけの理由。
彼自身戦うという選択肢はないが、来るのであれば相手になるといった様子だ。
何時でも相手ができるというのは、やりやすいことだ。
だがしかし、今の木幕では彼に勝つことは不可能だろう。
なので槍を調達したいと考えていた。
葉我流には二つある。
剣術と、槍術。
葛篭の大太刀は長く間合いも広い。
なのでこちらも距離を取れる得物を使いたかった。
槍が完成するまでは、暫く手合わせはなしになるだろう。
しかし葛篭と一緒に行動を共にし続けるのは危険かもしれない。
貴族を殴ったというし、その兵士から追われていた。
これからもそう言ったことがないとは限らないだろう。
「んー? 難し気な顔
「いや、何でもない」
「はっはっはっは。まぁげな心配そうな顔
「だといいが……」
宿の食堂でくつろいでいた葛篭が、手をひらひらとしながらそう言った。
それでも心配にはなるものだ。
これはレミに話を聞いておいた方がよさそうだ。
顔も見られているし、彼女なら貴族がどのような行動に出るのかなんとなく予想してくれるだろう。
何も知らない自分たちより、この世界の事を知っているものに聞いておいて方がいい。
「レミよ。先ほどの貴族の兵士だが」
「はい? ……え? あれ貴族の兵士だったんですか……?」
「こいつが貴族を殴ったらしいからな」
「葛篭さん!!?」
「
「何したんですか!? てか誰殴ったんですか!?」
「しりゃんせん」
心当たりが多すぎて覚えていない。
葛篭はおどけた様にして手を広げた。
レミは嘆息して呆れた。
「誰か分かれば何とかなったかもしれませんけど……まぁあれだけ強い兵士を送ってきたんですからそれなりに権力のある貴族だとは思います。これからも何度か来る可能性はありますよ」
「
「ら、楽観的な……。もう少し危機感を持ってくださいよ……」
「来るもん拒まぁ仕事ぁできん。奴らも
「だと、いいんだがな」
「っ?」
懲りるのは兵士だけだ。
だが貴族はそうではないだろう。
まったく面倒な話を持ってこられたものだと、木幕は今一度嘆息した。
とりあえず武器を作りに行こう。
話はそれからだ。
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