6.13.突破
葛篭が大声を出して激励した後、斥候兵が一気に攻めて来た。
遠距離からの攻撃はない。
全てが接近戦なのでこちらもそれに対抗すべく武器を握る柄に力を籠める。
一番敵の数が多いのは葛篭だ。
何度も追跡を逃れている彼はウォンマッド斥候兵にとっては厄介な存在だということが知れ渡ってしまっている。
ここで絶対に捕らえてみせると言う固い意志が兵士たちから感じ取れた。
「獣や獣、おういおい。駆ける馬よ、おういおい」
ドンッという音を立てて地面を蹴った。
走る速度は常人と変わらない。
しかし地面に足を付ける度にダンダンダンダンッという力強い音が鳴る。
斥候兵はその危うさを感じ取ることができず、葛篭が走っている速度に合わせて攻撃を仕掛けて行く。
二人の兵士が大上段より攻撃を仕掛けてきた。
屋根に潜んでいた者たちなのだろう。
急に出てきたことに驚きはしたが、速攻で対処する。
バチンッ!!
剣道の踏み込みのように足を鳴らし、一時的に停止する。
獣ノ尾太刀の峰を使ってショートソードを持っている兵士に攻撃を仕掛けた。
兵士は武器を使ってその攻撃を防ごうとしたが、すっと刃を躱されて脇に獣ノ尾太刀の峰が突き刺さる。
葛篭はそれを反対側にいた兵士へと吹き飛ばす。
空中にいるので回避行動を取ることはできず、そのまま簡単にぶつかって古い家屋に突っ込んでいった。
バキバキという音を立てて転がって言った後、建物が倒壊する。
「あっ」
今回は奇術による火力上昇効果を付与していないはずなんだがと、葛篭は頭を掻いた。
その間にも敵は迫ってくるが、葛篭はそれを難なく回避してカウンター攻撃を与えていく。
一度の攻撃で二人を始末し続ける。
子供の遊びだと言わんばかりに、掴み、殴り飛ばしていった。
斥候兵は葛篭の肉体に傷をつけるどころか、獣ノ尾太刀にも触れることすらできていない。
そんなことあるかと、駆け付けた副隊長であるエルマ・ティスレックは驚愕した。
兵士たちはそのことに気が付いていない。
だが遠目から見ていると、刃がかち合う音が一切聞こえていないことが分かった。
目標であるあの人物は、強すぎる。
まだ刃を抜いていないというのにこの強さ。
そしてあの怪力……。
彼はこのウォンマッド斥候兵を傷つけないために逃げていたのではないだろうか。
逃げていたのはこちらに対する気遣いだったのではないだろうかという疑念が浮上した。
実際、その通りである。
葛篭は極力人を殺したくはないと思っていた。
だが襲ってくるのであれば仕方がない。
とは言えこの兵士たちは誰かの命令で動いているに過ぎないのだ。
それを理解していた葛篭は、基本的には逃げに徹する事にしていた。
上層部の我儘で付き合わされているとなれば、それは面白くないことだ。
彼らを傷付けてしまえば、その上層部と同じになってしまう。
自分で来ず、他者を使うというのは、卑怯者か弱虫でしかないのだ。
それに付き合う道理はない。
逃げ続けることによりその人物はもっと苛立ちを募らせるだろう。
それでいいと葛篭は思っていたが……。
やはりこうして他の者を巻き込むとなると話は変わる。
他の者に迷惑をかけてはならない。
「
「弱いから逃げているんじゃなかったのか……!」
「どうする! 副隊長!」
「ぐっ……! 足止めだ! その間に後ろの者を捕らえよ!」
「「「はっ!」」」
その言葉に、葛篭がキレた。
「だぁ?」
ズンッ!!
何もしていないというのに、兵士たちに重い重力が降りかかる。
まるで足が動かない。
地面に引きずり降ろされそうな重圧が、彼らの行動を制限した。
「女ぁ……今
「ゅ……」
ズダンッ!!
葛篭が大きく踏み込んだ。
その足音は奇術を完全に使いこなした時の物。
地面が揺れ、凹み、くっきりと足跡ができる。
地面は二段階に分けて大きく凹み、土の塊が隆起して周囲の家が倒壊した。
災害級火力。
まるで竜の前にいるかのような重圧感。
悪魔が煽り立てる恐怖心。
その二つが混じり合い、ウォンマッド斥候兵は完全に動けなくなっていた。
だが葛篭は止まらない。
前に前に足を運び進め、女兵士を間合いに捉える。
許さん。
この指示を出したこの女だけは許さん。
獣ノ尾太刀を脇構えに構え、ゆーっくりと息を吐く。
「獣や獣、おういおい」
「ッ!! ……ぁぅ……!?」
「跳ねる兎よ、おういおい!!!!」
ダンッを地面を蹴って空中に飛び上がる。
そして、大上段より攻撃を仕掛けた。
だがその攻撃をわざと外し、切っ先すれすれを相手の眼前で振り下ろす。
そして柄をぐーっと後ろに下げ……突きに変換した。
「がぇ……!?」
「ぬぅぅうおおおおおおああああ!!!!」
ガズッベゴバギャン!
鎧が砕ける音が響く。
そして、副隊長のエルマは小石を蹴とばすかの如く簡単に吹き飛ばされていった。
何度かのバウンドを繰り返して減速したが、結局完全に止まることができたのは廃屋に背をぶつけた後であった。
女であろうと、葛篭は手加減しない。
戦場に出ているのだから、手加減することは相手への失礼にあたるからだ。
だが殺しはしない。
二度目までであれば。
葛篭の圧倒的な火力をその重圧を目の当たりにした兵士たちは、既に戦意を喪失していた。
後方にいた者もその重圧に当てられ、怯え切ってしまっている。
唯一無事なのは、木幕とレミとスゥだけだ。
三人も後ろの方で何とか耐えてくれていたらしい。
これは申し訳なかったなぁと思いながら、手招きをして「行くぞ」と伝える。
それに気が付いた三人は、構えを解いて歩き始めた。
「わりぃなぁ」
「いや、いい。レミの良い修行となった」
「死にかけましたけど……」
「良い動きだったぞ」
レミはあの中でいい動きをしていた。
流石中型の魔物を仕留めることができるだけの器量はある。
そんな話をしながら、一行はその場を後にした。
斥候兵は、その後ろ姿を見守っていた。
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