6.12.袋小路


 スラム街が珍しく騒がしい。

 斥候部隊が珍しく国の中で疾走していればいやでも目に付く。


 それから逃げている一行がいた。

 大きな声を出して大太刀を担いでいる人物が苛立ちを訴える。


「しっつけぇなぁー!」

「お主は何故奇術を使わん」

「使えんだんなぁないんだよ! わてだけだらばいけっだらぁけどだったらいけるけど、手前らんにも使おーとすっと使おうとすると足りんだんなぁないんだよ!」

「……と言うか何故某らも追われておるのだ」

「奴らんにわてん俺の仲間と勘違いされとっだぁているんだ!」

「はた迷惑な……」


 実際、彼らウォンマッド斥候兵は、目標である葛篭平八の側にいた木幕たちも仲間だとして追っていた。

 ウォンマッドは危害を加えられなければ無視するという考えではあったが、彼はそれを他の兵士に伝えてはいない。

 その前に井戸に放り込まれたからだ。


 そして葛篭の奇術は一人用だ。

 自分のせいで巻き込んでしまった三人を放って逃げることなどできず、久しぶりに自分の足で走っていた。


「さーどげすっかどうするかねぇ!」

「師匠ぅー! 葛篭さーん! あいつらめっちゃ速いんですけどー!!」

「忍びほどじゃなからぁーてーないだろう!」

「なにそれー!?」

「っー?」


 スゥと並走しているレミが叫ぶ。

 と言うか叫んでいないとやっていられない。

 研ぎと彫刻を見ていただけなのにどうして逃げなければならないのだろうか。


 だが流石に逃げ続けるにはいかない。

 素早い速度なのでいずれ攻撃されるだろう。

 そこで葛篭は片手をぐっと引いて一度立ち止まる。


「獣や獣、おういおい。犬猿の犬よ、おういおい!」


 振り返りざまにいつの間にか肉薄していた兵士に正拳突きを繰り出す。

 指、手首、肘、肩を固定し、肉体のばねのみでその鉄拳を兵士にぶち込んだ。


 ベゴボゴォッベギャチャッ!!


「ごぁ!?」

「あっ」

「「あっ」て!? 今「あっ」て言った!?」


 殴られた兵士は鉄がひん曲がる音と、骨が折れる音と、内臓が良くない形に変形してしまった時の音が同時に鳴った。

 葛篭に鉄を曲げる程の力はない。

 だが奇術の自動発動効果により火力がおかしいことになっていた。


 勿論使わないように調整することはできるのだが、自動効果は隙あらば葛篭に付与しようとしてくるので、気を抜けばすぐに発動してしまうのだ。

 大地の力を借りたその一撃は、人間の数十倍もの威力を有す。


 今の葛篭の攻撃は……不可抗力である。


「言うこと聞かんなぁ……」

「……ぁ……ぅ」

「おお、生きとっかぁているかんだらばだったらよからぁーないいよな。初手に殺すんば不本意だけぇ」


 葛篭はまた走ろうとする。

 しかし残念ながら、この一瞬で取り囲まれてしまったらしい。

 木幕たちは逃げれただろうと見てみるが、彼らも足を止めていた。

 どうやら、逃げていた方向は行き止まりであったらしい……。


 完全に袋小路。

 逃げ場もなく、周囲にはウォンマッド斥候兵が武器を構えていた。


「ああ、マズいな……」

「何でこうなったんですかね……」

「まぁレミよ。実戦だ。やってみろ」

「いやまぁやってみますけども……。ああーこれ貴族とかの兵士じゃないですよねぇ!?」


 貴族の兵士である。

 貴族が殴られたという情報はまだレミに伝えてはいない。

 今言えば彼女は武器を納めてしまうだろう。


 とりあえずスゥは自分の後ろに下げ、鯉口を切って警戒する。

 数が少しばかり多い。

 普通の傭兵であれば何とかなるかもしれないが、彼らは訓練された兵士であり、斥候部隊だ。

 あの速さの兵をこの数相手にするのは厄介にもほどがある。


「おういおい……。わてだけならともかく……ほかんにちょっかいかけっとなっとかけるとなると話がちげぇ」

「武器を置け! 指名手配の罪人め!」

「罪人て……どっちがだえ……」


 葛篭は確かに人を何度か殴った。

 それは彼らが横暴な人間であり、危険な人間であったからだ。

 実際葛篭は殴った誰の差し金でこ奴らが差し向けられているか理解できていない。


 ある者は子供を殴り、ある者は店を壊し、ある者は人を殺し、ある者は人を奴隷とし、ある者は頭を下げなかった。

 いろいろある。

 助けた者から施しも多くもらった。

 さて、どちらが罪人なのだろうか。


「まーええ。いっぺんシゴかな説明はあとがきあかんかえ」


 そう言って、葛篭は大太刀を脇構えに構える。

 何度も何度も逃げていて流石に飽きてきた。

 一度痛い目に合わせておけば、相手方も考えを改めるだろうか。


 いや、これは憂さ晴らしである。

 相手を更正させる気など毛頭ない。

 理由を探すことを止めた葛篭は、研ぎをするときと同じ顔をする。


 ギンッと睨みを利かせた。

 その重圧は周囲一帯に及び、斥候兵はジリッと後ずさる。


「獣や獣、おういおい。とろい牛よ、おういおい」


 葛篭はのそぉ~っと動き始める。

 動きがいつも以上に遅く、ゆっくりと型をなぞっているかのようだ。


 それとは裏腹に、斥候兵は素早く距離を詰める。

 拘束が目的ではあるが、隊長をあんな汚い水に放り込んだのだ。

 それを許さんとする者たちが容赦なく剣を振るってくる。

 だが攻撃は空振りに終わった。


 ザッと伏せた葛篭。

 攻撃は頭上を通り過ぎる。


「ほっ」

「ぐっ!? ……お、おおおおおお!!?」


 獣ノ尾太刀を斥候兵の腹部へと当てる。

 その攻撃はそれなりに重かったが、鎧のお陰でダメージはほとんどなかった。

 だが、攻撃が止まらない。

 一度止まるかと思われた攻撃だったが、それはまるで何にも当たっていなかったかのように動き続ける。


 そのまま斥候兵を大きく吹き飛ばす。

 後方にいた兵も流石に味方が飛んで来るとは思っていなかったのだろう。

 一人を巻き込んで転がって行ってしまった。


「木幕! レミ! スゥ! 脱出するぞ!」

「言われずとも!」

「何でこうなった本当に!!」

こでらかせ説明はあとがきよぉー!」


 全員がこの状況を打破せんと、構えを取った。





【あとがき】

 「シゴく」は、シバくと同じ意味だと思います。

 痛めつけるぞ、という表現が一番近いかな……?


 「こでらかせ」は、色んな意味で使える便利な方言です。

 良い様にしろ、とか、何とかしろ、とか破壊しろ、など結構汎用性があります。

 本文中での説明、無理です☆

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