6.11.接敵
兵士五十名がスラム街を疾走していた。
重いであろう甲冑を身に付けているのにこの身のこなし。
鍛錬されている兵士だということが良く分かる。
その中で突出した動きを見せている兵士が一人いた。
他の兵士とは違って軽装ではあるが、その武器は彼が持つには少し大きい。
元より背が低く子供程度の身長しかないのだが、持っている武器は太めの片刃の直刀。
自分の背とほとんど同じ大きさの剣ではあったが、それを軽々と肩に担いで他の兵士よりも一足先に前を走る。
銀髪に緑色の目、そして色白な肌。
とても若い顔立ちで、初対面の人からは確実に子供だと疑われる容姿をしていた。
だが彼は二十歳だ。
もう子供と言われるような歳ではない。
「ウォンマッド隊長! こちらに合わせていただけますか!?」
「君たちが遅いだけだよ」
「だから合わせていただけますか!?」
「いーやーだー」
後ろから副隊長らしい金色の長髪をたなびかせた兵士が叫ぶ。
瞳の色も同じ金色だ。
整ったほっそりした輪郭が彼女の美しさを際立たせている。
彼女は身の丈に合った剣を持っていたが、その数は三本と少し多い。
女性にしては少し背が高いようだが、女の身でありながら他の男兵士と並走するほどの実力を有している。
彼らはウォンマッド隊長率いる斥候兵だ。
機動力を重視した部隊となっていて、何かにつけ素早く戦場を駆けまわったり、敵情視察をしたりと有能な部隊である。
その貴重で重要な役回りが多い兵士たちを、一人の貴族が顎を使って動かしていた。
クレマ・ヴォルバー。
公爵家の人物であり、その権力は国全体を動かしてしまう程である。
そんな彼を不届き物が思いっきり殴ったらしい。
それには大きな声を出して笑いそうになったが、流石に貴族が殴られて笑うわけにはいかないと、ウォンマッドは何とか堪えて今の仕事を任せられている。
まさかそんな常識を知らない人物がいるとは思っていなかったし、クレマは公爵家の中でも横暴な態度を取る人物だ。
権力や権威を振りかざしており、反抗する者には容赦しない。
恐らくその常識知らずはそれに癇癪を起したのだろう。
内心ガッツポーズと決めていたウォンマッド。
だがそれがこんな仕事の役回りを背負うことになるとは思っておらず、大きくため息をついた。
喜んでしまったばちが当たったのだろうか。
彼らの任務は、クレマ・ヴォルバーをぶん殴った人物を探し出せというもの。
姿はとても特徴的だったので探すことは難しくない。
実際何度も見つけている。
そう、何度も見つけてはいるのだ。
彼は土魔法を使うらしく、容易に逃げられてしまう。
土の中に隠れるなど聞いたこともない魔法だ。
だが彼は逃げるための手段としてしか魔法を使わず、攻撃は一切してこない。
そのおかげで負傷者は一切出てはいないが、メンバーの中では苛立つを募らせている者も多い。
ウォンマッドはこの仕事をいやいやながらに受けている。
これは相手がその意図を読み取って気を使ってくれているのではないかと勘ぐってしまう程に逃げ足だけは速い。
是非ともお茶をしたいと内心思いながら、ウォンマッドは疾走する。
「目標は?」
「……! ……!」
「もう誰も声の届くところにいない……遅い……」
ウォンマッド斥候兵は皆優秀だ。
ただ隊長が優秀すぎるため、彼らはいつも置いてけぼりを喰らってしまう。
情報共有には速度が必要だ。
ウォンマッドの速度は犬型の魔物を凌駕するほどに速く、その情報収集能力も高い。
そして彼の戦闘スタイルも速度を重視している。
だが彼の力は弱い。
その代わり大きな分厚い剣を持ってその弱点を補っていた。
重さで切る。
そうして補わなければ大きな魔物を両断することができなかったのだ。
得物を担ぎなおし、屋根へと跳躍する。
剣の重さで屋根が壊れそうになるが、壊れる前に一歩前へと足を動かす。
数十件の家を飛び越えた後、ようやく目下に標的を発見することができた。
大きな武器に、風呂敷。
そして民族衣装のような服装と、左目にしている眼帯。
どうやら周囲にも仲間らしき人物がいるようだが、今回の標的は一人だけだ。
邪魔しない限りは敵対する必要はない。
彼らの前にスタッと着地する。
突然現れたウォンマッドに全員が驚いた。
レミと木幕はすぐに戦闘の構えを取るが、葛篭は動じていないようだ。
「
「空中は索敵範囲外かな? てか何言ってんの……」
「あぁ~!
「ん?」
葛篭は獣ノ尾太刀を肩に担ぐ。
鞘と鍔がしっかり固定されていることを確認した後、相手を挑発するように手招きをする。
「一人だけなら、
「僕とりあえず話したいだけなんだけど……何言ってるか全然分かんない……」
「あぁー……木幕やぁー」
「はいはい……。負けたら言う事聞いてくれるらしいぞ」
「ああ、なるほど」
それであれば分かり易い。
ウォンマッドはすぐに構え、相手が構える余地を与えることなく肉薄する。
だがその瞬間、ウォンマッドは有り得ない物を見ていると言わんばかりの恐怖感に煽られた。
葛篭が、とんでもなく大きく見えたのだ。
魔物とは全く違う何か。
全身の身の毛がよだつ重圧が、彼から発せられている。
それは全て自分に向けられているようだったが、既に剣を振るってしまった為動きは捉えていた。
大丈夫だ、いつも通りにすれば勝てる。
今もこうして相手に自分の剣を真横から……。
ゴゾンッ!
葛篭はその重い剣の腹を下からぶん殴った。
瞬間的に腕に力を籠め、勢いをつけることなく最大の火力にてその剣を上へと殴り飛ばす。
横から接近していた剣は葛篭の頭上を飛び越え、ウォンマッドは大きな隙を与えることになった。
そもそも何が起きたのか彼は分からなかった。
思考は停止していないが結果が出るまでの間に、ウォンマッドは顔を掴まれて近くにあった井戸の中に放り込まれてしまう。
小さな体が幸いしてさかさまのまま溺れ死ぬということはなかったが……。
「さぁ!? さっさむ!? づめだああああ!?」
この時期の水は、冷たすぎた。
一瞬で体の体温が奪われていく。
登ろうとしてもこの小さな体では壁に張り付くことしかできない。
と言うか冷たさで力が入らなくなっていた。
すると、頭上から声が飛んでくる。
「ごらぁ!! 礼もせんと掛かってくる奴があっか
「うううううるさい! てて、敵に! そそんなのひ、必要、ひつ、必要ないだろ!」
「反省せぇ!」
「あがっ!?」
上から汲み取りバケツが降って来た。
回避する事などできるはずもなく、そのままゴンッとぶつかってまた水に頭まで浸かってしまう。
何とか壁を掴んで頭を浮上させる。
もう既に体が冷え切ってカチカチと歯を鳴らせていた。
「よし、
「あ、はい……」
足音が遠ざかっていく。
ウォンマッド斥候兵から逃げることはできないだろうが、彼は強すぎる。
とんだ貧乏くじを引かされたものだ。
こんな事なら礼くらいしっかりしておけばよかったと後悔する。
それからすぐ、兵士たちの声が聞こえた。
副隊長のエルマ・ティスレクだ。
「隊長ー!? ウォンマッド隊長ー!?」
「た、たす、タスケテー……」
「!!? ウォ!? ウォンマッド隊長ーーーー!!?」
ウォンマッドはこうして一命だけはとりとめたのだった。
戦線は離脱して。
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