6.2.珍しい彫刻


 雲行きが怪しくなっていた。

 風の向きが変わり、周囲にある木々がざわざわと騒ぎだす。

 遠くはあんなに晴れているというのに、こちらは雨が降ってきた。


 すぐに馬車の中に護衛の二人が逃げ込む。

 御者は雨に打たれながらも馬車を動かしていた。


 ついてしまった水滴を払い、木幕とレミは一息ついた。

 あれから随分長い旅をしてきたものだ。

 道は悪いし天候は最悪だしで、一ヶ月など当の昔に過ぎていた。


 小さな村を経由して馬車を乗り継ぎ、ようやくここまで来ることができたのだが……御者も足元を見るのが好きだ。

 よく有り得ない値段を吹っかけられて、レミがよく口論をしていた。

 彼女がいなければもっと出費を出していた事だろう。

 少し強引な手に出てもいいかとも思ったが、暫く一緒になるということを考えるとそんなことはできなかった。


 だが出費はそこまでではないし、何せ資金は使いきれないほど持っている。

 なくなれば一度ルーエン王国に戻ればいい。

 そんな事を考えていると、ようやく目的地が見えてきた。


 ライルマイン要塞。

 ローデン要塞と同じ最前線防衛都市だ。

 最も規模が違うのではあるが。


 ここはどうやら完全に都市を城壁で囲ってしまっているらしい。

 とても大きな国だ。

 流石最前線防衛都市と呼ばれているだけのことはある。


「一つ聞いてもいいか?」

「なんだぁい?」

「あそこはローデン要塞と比べて魔物の襲撃率は多いのか」

「はっはっはっは! 全然だよ! むしろ向こうの襲撃率の方が多すぎるのさ! まぁ魔物は森に結構棲んでるから、ギルドも忙しいらしいけどな!」

「そうなのか」


 となれば、冒険者や兵士の質は圧倒的にローデン要塞の方が上なのだろう。

 極寒の中で戦い続けるのだ。

 戦いにくい場所で戦った者とそうでない者の実力差は意外と変わってくる。


 しかし木幕は個々の冒険者が強いかどうかなど、別に興味はない。

 問題はいるかどうか、である。

 これだけ大きな都市だ。

 いてもおかしくはないだろう。


「あ、そうそう。向こうには面白い仕事をする奴が居るらしい」

「面白い仕事?」

「俺はライルマイン要塞を結構経由して商売してるから、そういった話もよく聞くんだ。なんでも、木を彫っちまうんだってよ! 石像みたいに!」

「む? それは何か特別な事なのか?」

「だって木だぜ? あんな割れやすい素材で彫刻するとか意味分かんねぇ。普通は石とか青銅とかだ」


 そういえばこの世界にきて、木造の建築物やそういった看板は何度か見たことがあったが、木像は見たことがない気がする。

 扱いにくいとされていて重宝はされていないのだろうか。

 しかし椅子や机などは木を使っている。

 ルーエン王国でバネップに招待された時も、木で作られた高級そうな品は何個かあったように思うので、それなりの技術としては発展しているはず。


 だが彫刻はとても繊細だ。

 木材であればなおのこと。

 日によって木の機嫌が違う。

 木幕は職人ではないのでその辺はあまり詳しくないが、木は日によって反り方が変わるということを聞いたことがある。

 この世界でも木は同じ性質を持っているのだろうか?


「それは何処に行けば見れる?」

「あー、そうだなぁ……。確か王族や貴族に滅茶苦茶狙われてるって話は聞いた。会えるかどうかは分からんし、作った物も全部売ったりしてるだろうから……」

「難しそうであるな」

「ま、運が良かったら拝めるさ。あと少しでつくぞ」

「うむ。では先に金を渡しておこう」

「おう」


 そう言って、木幕は約束の金額を御者に渡した。

 彼は比較的温厚なのでとても接しやすい。

 他の御者とは大違いだ。


 どんな御者でも、ルーエン王国に送ってくれたあの御者よかマシではあったが。


 馬車が一度ガタンと揺れた。

 ライルマイン要塞までもう少しである。

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