5.46.正々堂々真剣勝負


 飛び出した木幕は、その切っ先を津之江の喉元に向けたまま突きを繰り出す。

 だがその攻撃は間合いに届く前に往なされ、そこからは津之江の攻撃へと転じられる。


 下段の構えより摺り上げて弾いた後、石突の方で下段からの打撃を繰り出した。

 弾かれることを前提にしていた木幕はそれを受ける。

 しかしその威力は弱い。


 津之江は攻撃後すぐに身を引き、刃を縦に一回転させて伸ばすように突きを繰り出す。

 その動きはとても流麗であり、一切の無駄がない。

 間合いが足りない分は突きを繰り出した時の勢いを使って、握り手を石突の方へと持っていく。

 間合いを変えられたのだ。


 その突き技を回避して木幕は、ぐっと前に踏み込んだ。

 薙刀は自分の真横にある。

 これであれば防ぐのも無理な態勢になることは間違いない。


 刃を薙刀の下から滑らすように振り上げる。

 防げたとしてもそれを腕だけで防ぐのは困難だ。

 だがそれでも津之江は薙刀を一気に引いて防御態勢に入る。


 ギンッ!

 防がれるのは前提。

 ググッと力を入れて押し返そうとしたが、動かない。

 なんだと思って足元を見てみれば、津之江は足を使って軸を支えていた。


「フンッ! やりおる!」

「か、刀だけで……ここまで攻められたのは久しぶりですね!」


 双方が弾かれ合うようにして距離を取る。

 八双の構えを取った木幕に対し、津之江は薙刀を身に引き寄せて刃を下に置く。

 綺麗な立ち姿だ。

 だがこれこそが津之江の本気。


 一、二、三歩。

 ゆらゆらと揺れながら薙刀を振り回して近づいてくる。

 薙刀の中心、刃のついている根本、石突の部分。

 持ち手を変えながら近づいてくるので間合いが何処だか分からない。


「永氷流、永輪えいりん


 木幕に斬撃が繰り出される。

 遠心力の乗った刃の火力は高く、男である木幕でも押し負けそうになってしまいそうだ。

 だが相手は当てているだけ。

 斬ろうとはしていないということが一手目で理解することができた。


「葉我流剣術、伍の型、木枯し」


 受けた後は回避に徹する。

 木幕のこの技は刀を下段に下ろし、足を使って回避をしながら切り上げて行くものだ。

 足捌きに重きを置いた型……。

 木枯しが地面を舞うように、滑るように体を動かす。


 津之江も似たようなものだ。

 氷の上を滑るように止まらない剣撃。


 津之江が穿つ、木幕が凌ぐ。

 木幕が切り上げる、津之江が流れに乗らせた薙刀を寄せて防ぐ。

 これの繰り返しだ。

 一歩でも間違えれば、いや、瞬きでもすれば一瞬で勝負がついてしまいそうなやりとりだった。


 津之江の薙刀は振り回されている。

 木幕が回避したところでその遠心力は加速し、こちらが攻撃するよりも先に刃が向かって来た。


 木幕の武器は刀だというのに、常に間合いを掴まれていることに津之江は焦燥する。

 流れを一度でも間違えてしまえばその刃は確実にこちらに向かって牙を向くだろう。

 武器的有利はこちらにあるが、木幕はその不利を完全に見切っている。


(これよ! これこれこれ!)


 これこそが命の駆け引きである。

 やはり自分の目に狂いはなかった。

 この御仁は強い。

 出会った瞬間にそう思ったのだ。


 津之江はずっとこうして舞っていたかった。

 終わりのないその流れを終わらせたくはなかった。


「葉我流剣術」

「永氷流」


 木幕は刀を肩に担ぐ。

 津之江は後ろから薙刀を持ち上げる。


「倒木!」

「雪解け氷柱!」


 双方が上段からの攻撃。

 木幕は握っている手に力を籠め、体のしなりを使って足、腰、肩、腕、手に流れを作る。

 津之江は自身持てる全ての力を使って薙刀に遠心力を乗せ、上段からの攻撃に転じた。


 ザンッ!!

 この時、刃がかち合う音はしなかった。

 代わりに聞こえたのは服が切れる音。

 双方から鮮血が飛び散る。


 津之江と木幕は肩を切られていた。

 だが木幕は攻撃される瞬間に大きく飛び込んだので軽傷だ。

 しかし津之江は、肩から胸元までしっかりと切り傷が刻まれていた。


「離して! レミちゃん!」

「駄目! あそこには行ったら危ない!」


 津之江が斬られたのを見て、テトリスは更に暴れる。

 こんな事はおかしい。

 そう思って仕方がなかった。


「何で!? なんでなの!!」

「テトリス! 津之江さんの意思を尊重してあげてよ!」

「そんなの知らない! 生きていれば何とでもなる! なるじゃない!」

「うっ、ぐぐ……!」


 想像以上に力が強い。

 このままでは手を放してしまいそうだ。


 しかし、津之江はこれを望んでいた。

 最後だと知っても尚、彼女は木幕と戦いたかったのだ。

 仮面越しからでもわかるあの高揚感。

 あの戦いは絶対に邪魔してはいけないものだ。


 神の意志でこうなっているのではない。

 彼女の意志で、あの場に立っているのだ。


「どうなっておるのじゃ……」

「!? あの時のおじさん!?」

「メディセオじゃ。何故二人は戦っている」

「メディセオ様! 止めてください! 津之江さんが死んじゃう!」

「死ぬ前に戦いたいって望んだんだよ! 邪魔しちゃダメ!」

「んー?」


 話の流れが掴めないメディセオは、一定の距離を保って二人に近づいた。

 今は双方が怪我をして、荒げた息を整えている。


「木幕。これは……?」

「津之江殿が呪印とやらに侵されておる。だが、死ぬ前に戦いたいと、そう言ったのでな」

「同意の上か」

「そう、よ……」


 それを聞いたメディセオは、その場にどっしりと腰を下ろした。


「では、口を出す権利はないな。儂も見届けよう」

「頼む」

「お願い……します……」


 そう言って、木幕は納刀した。

 鯉口を切り、腰を落として居合の構えを取る。


 急に納刀したのでどうしたのかと思ったが、その構えを見て安心した。

 彼は、自分を殺してくれる存在だ。

 今までの努力すらも追いつかなかったこの御仁に殺されるのであれば本望だ。

 津之江は、脇構えに薙刀を下ろす。


「木幕さん」

「なんだ」

「私が死んだら、この薙刀、氷輪御殿をレミちゃんに渡してくれませんか?」

「いいだろう。では某が死んだら、この葉隠丸をスゥに渡してくれ」

「あの子供ね……。分かった……わ」


 その瞬間、二人の空気が変わった。

 これが最後の一手になるのは誰の目から見ても明らかだ。


「葉我流剣術裏葉の型……」

「永氷流……」


 津之江が最後の力を振り絞り、大きく踏み込んだ。

 満身創痍の相手は恐ろしい程の瞬発力を見せる。

 グワァッと迫りくる津之江とその薙刀が、木幕を切り伏せんとして迫ってきた。


 刃が風を切る音が聞こえる。

 グッと力を入れた木幕は、空気を全て吐き出すようにして踏み込んだ。


 ズバッ……。

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