5.47.勝負あり


 鮮血が白い雪を赤く染めて行く。

 二人は固まってその場から動いてはいなかった。

 しかし、津之江の腹部からは大量の血が流れ出ている。


 木幕は津之江の攻撃に合わせ、体を極限まで伏せて居合を行った。

 その為頭上を津之江の薙刀が通過する結果となったのだ。

 髪が切れただけなので、問題はない。

 しかし束ねていた髪束はごっそりとなくなってしまった。


 倒れてきた津之江を抱え、ゆっくりと寝かせる。

 まだ息はあるが、その腕に刻まれた呪印は後二つほどで腕を一周しそうだ。

 もう時間がない。


「ありがとう……」

「女子であるというに。よくやる」

「フフッ……」


 津之江は仮面を取ると、満足そうな笑みを浮かべて空を仰いでいた。

 もう息も苦しくない。

 本当に最後なのだなと、心の中でつぶやいた。


 津之江は握っていた薙刀を木幕に渡す。

 手渡されたその薙刀は、とても冷たかった。

 まるで泣いているような、心が凍ってしまったような……そんな感情を薙刀から感じ取れた。

 それを受け取り、木幕は立ち上がる。


「別れの言葉を言うといい」

「え?」


 次の瞬間、テトリスの顔が飛び込んでくる。

 怪我をしているので覆いかぶさったりはしないが、ぐしゃぐしゃになった顔で自分の名前を呼び続ける。


 今思えば、彼女には本当に世話になった。

 ここに来た時、初めて会ったのがテトリスで、襲われていたところを助けたのだ。

 それから料理の話をして意気投合したんだったか。

 後は何だったっけ。

 そう思いながら、泣いているテトリスの顔を撫でる。


「なんで……どうして……! 生きてさえいれば……何とでもなるのに……」

「ごめんなさいね……。これが私たち、なの」

「こんな事なら、貴方に会いたくなかったよ……! いやだよ津之江さん……!」

「あらぁー。でも私は……嬉しかったわ。貴方に会えたこと、誇りに、思うわよ」

「うぅ……ぐっ……!」


 こんな形で別れるのであれば、知り合わなければよかった。

 他人でありたかった。

 テトリスは涙する。

 この状況を作り出した神に、恨みを添えて。


 津之江を実際に斬ったのは木幕だ。

 だが彼に対する憎悪はもうなかった。

 不本意ではあるが、彼は津之江の願いを最後まで聞き届けれくれたのだ。


 今テトリスの中にあるのは、恨みと憎悪。

 それも神に対しでである。

 テトリスは津之江から話を全て聞いていた。

 だが津之江は人を探して殺すつもりはないし、ここで料理の腕を磨くと言って滞在し続けれくれた。


 四人の侍も簡単に斬り伏せてしまったし、彼女は強い。

 襲ってくる者だけを斬る。

 それはこの世界であまりにも普通のことだった。


「なんで……神は……あんな、貴方たちを……!」

「木幕さんを、許して、くれるのね……」

「あの人は悪くない! 悪いのは強要した神だ! 邪神だ!」

「そう、そうね……。でも……」


 津之江は人差し指を口に添える。

 ここでは神を愚弄するのは良いことではない。

 だがそれに値する行いはしているだろう。

 彼女が叫んでしまうのも無理はない。


 それでも、口を閉ざしていなければならないのだ。

 口にしてはいけない。


「ねぇ、テトリスちゃんは……どうする?」

「ど、どうって……?」

「神を殺すために、勇者になる? それとも、私の店を……継ぐ?」


 これはテトリスにとって、究極の選択となってしまった。

 だがこれを聞くまでは死ねない。

 あと一つの呪印を残したところで、津之江はその答えを聞きたかった。


 テトリスは、そのどちらもが可能だった。

 今までは津之江の店を継ぐという方向に傾いていたが、こう聞かれてはまた平行線へと戻ることになる。


 津之江に戦いを強要した神は憎い。

 しかし、津之江が自分に残してくれたあの店と技術はなくしたくなかった。

 少し考えたが、すぐにその答えは決まった。


「どっちも、やります!」

「欲張りねぇー……。でも、いいわ……うん」


 カチッ。

 津之江の腕にあった呪印が一周した。

 その瞬間、津之江は人形の糸が切れたかのように脱力する。

 その死に顔は、満足そうな笑みを添えていた。


「グッ……うぁあ……うああああああ!! うああああああ!!」


 締め付けられる胸。

 ぐっと我慢しても声が漏れる。

 気が付けば大声で泣きだし、その感情を爆発させていた。


 こんな簡単に、人は死ぬのだ。

 大切な人であっても、人は人。

 誰もがいつでも吹き消されてしまう小さな灯を持っているのだ。


 不意に、吹雪が止んだ。

 空から陽光が差し、周囲を照らしていく。

 雲に空いた隙間は、津之江の魂を天へと送ってくれているようだった。


「レミ」

「……はい」

「お前は、津之江の技を継げ」


 津之江の薙刀を、レミに手渡す。

 それをレミは大切そうに受け取り、握りしめた。


 木幕は陽光の差す天を見る。

 もう、ここまで来れば隠す必要はないだろう。

 ギロリと睨み、木幕はレミにだけ聞こえる声でつぶやいた。


「神よ、聞こえているか。某はお前を殺す。首を洗って待っていろ」


 イライラしながら、木幕はローデン要塞の中へと戻って行った。

 納刀した葉隠丸は、何故かカチカチと音を立てている。

 それは木幕が怒りのあまり強く鞘を握っているだけなのだが、葉隠丸も怒っているように感じていた。


 俺がお前を斬る得物となる。

 そう、宣言しているようだった。


 陽光の差す大地に、一人の女性の泣き声だけが……木霊している。

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