5.45.解呪不可


 津之江の持っている薙刀、氷輪御殿が魔族の腹部を完全に貫いた。

 それを引き抜くと、魔族は力なく前のめりに倒れる。


 薙刀を二度回転させて血振るいをし、軽く飛んで距離を取る。

 その後、大きなため息と共にその仮面を取った。

 心底呆れている顔である。


「雑魚……」


 誰にも聞こえない声でそう呟いた後、その様子を見ていた冒険者や兵士たちが歓声を上げる。

 強力な魔法を使う魔族を、津之江は簡単に殺してしまったのだ。

 その偉業は勇者に匹敵するものであり、彼らはその行いに感謝し、沸いた。


 このローデン要塞は狭い。

 なのでここで辻斬りは一度としてしていなかった。

 だが魔物という存在のお陰で、その衝動を抑えることはできていた。

 それが唯一の救いだろう。


 すると、背中に強い衝撃を覚えた。

 吃驚してその衝撃に耐えるが、それには悪意が籠っていないということが分かる。

 やれやれといった様子で、津之江は飛びついてきたテトリスを撫でてやった。


「子供ね~」

「よかったぁー! よかったぁあ!」

「はいはい」


 今にも泣きだしそうな声でそう叫ぶ。

 それを宥めようと、優しく声をかけてみたがそれは逆効果であったらしい。

 回している腕に力が入る。


 木幕たちもそれに続き、近づいた。

 彼女の本質を理解してしまった木幕は冷や汗をかくが、気取られないように対応する。


「よい、動きだな」

「フフッ、そうでしょう?」


 謙遜はしない。

 これこそが自分が極めた躊躇のなさ。

 振るう刃に迷いがないというのは、強い武器となる。


 津之江は満足そうに微笑んだ。

 いつもの優しそうな笑顔である。


 周囲の兵士たちは、やっと終わったと言わんばかりに雪の上に腰を下ろしている。

 冒険者たちは急いで剥ぎ取り作業をしていた。

 このまま放置しておくわけにもいかないので、早く売れる部位を回収しておきたかったのだ。

 三千を超える魔物を全て解体するのは時間がかかるが、やらなければならない。

 放置していれば疫病が蔓延する可能性があるし、臭くなるしでいいことなど一つもないのだ。


 暫くすれば解体屋や冒険者がこちらに集結して作業を手伝ってくれることだろう。

 魔物の肉も食べれる奴は美味い。

 だが木幕と津之江の奇術で倒された魔物は、ほとんどが使い物にならなくなっていた。

 その威力に解体を担当した冒険者は青い顔をして、武器の素材に仕える部分だけを剥ぎ取った。


 後は彼らに任せておけば何とかなりそうだ。

 自分たちはとりあえずローデン要塞の中へと戻ることにした。


「……こ、の……人、ゲン……ガァ……!」


 魔族はまだ生きていた。

 既に虫の息ではあるが、その生命力は普通の人間とは比べ物にならない程に高い。

 しかしここまでの手傷を負わされては、もはや助かることは不可能。


 一矢報いたいところだが、あの女に奇襲を仕掛けても意味はないだろう。

 であれば、嫌がらせとして誰かを道ずれにするしかない。


 魔族であるイーバスは、親しそうにしていたテトリスに狙いを付けた。

 腕をぐっと伸ばし、籠手に仕込んでいる暗器を向ける。

 誰もがイーバスを倒したと思っているため、警戒はしていない。

 好機はここだけしかない。


 最後の力を振りしぼって狙いを定め、仕込んでいた暗器を射出する。

 パシュッという空気が発射される音に気が付いた津之江と木幕。

 木幕は視界の中で魔族が腕をこちらに向けていることに気が付いた。

 津之江は後ろを向いていた為反射で避ける。

 自分が狙われているものだと悟ったが、未だに横から抱き着いているテトリスも一緒にその場から飛びのかせた。


「葉我流奇術、針葉樹林!」


 木幕は抜刀し、針葉樹の葉を魔族に向けて放つ。

 それは細かく魔族の体全体に突き刺さり、地面で寝ころびながら踊る。

 剣山のようになった魔族は、ようやくその命の灯を吹き消した。


「大丈夫ですか二人とも!」


 レミが飛びのいた二人を心配して近寄る。

 二人は顔を上げて上体を起こした。

 どうやらなんともない様だ。


 しかし、津之江はピリッという痛みを覚えた。

 腕をまくって見てみれば、そこにはひし形の黒い印が彫られてある。

 なんだこれはと思って首を傾げるが、それは腕を回るようにしてもう一つのひし形の印が増えた。


「……? なにかしら、これ……」

「え? ……あぁ!? こ、これ、ここ、これ!!」

「テトリスさん落ち着いて! これなんですか!?」

「呪印!! 呪印よ!!」

「じゅいん?」


 聞きなれない言葉に津之江は首を傾げる。

 陰陽師でもいるのだろうかと、変な考えをしてしまう。

 だが、テトリスの反応からしてこれが良くない物だということは分かった。

 対処法を知らない津之江は、彼女たちの言葉を待つことにする。


 ひし形は今は増えていない。

 時間経過と共に増える物なのだろうか。


「テトリスちゃん、これ何? どういうもの?」

「こ、ここれ、これ……! 駄目! 駄目です!」

「落ち着いて? ね?」

「私が説明します。でも驚かないでくださいね」

「分かったわ」

「これは呪印と言って……このマークが腕を一周すると……死んでしまいます」


 これにそんな力があるのか?

 そう思ってもう一度見てみると、ひし形が一つ増えている。

 十五個で大体腕を一周するだろうということが分かった。


 呪印。

 針に毒の代わりに呪いを付与した珍しいものであり、暗器として使用されるものだ。

 だがその技術は高度で数年に一本単位でしか作ることができないと言われている。

 長い年月をかけて針一本を呪うのだ。

 それにかかる費用と人材と技術と時間は途方もないものになる。


 その一本を、魔族はこの一人の人間に対して使用した。

 イーバスの狙いはテトリスであったが、彼らがそれを知ることはない。

 津之江がそれ程の脅威に感じたのだろうと、思い違える。


「治す方法は?」

「あるにはありますが……。まず一つは腕を切り落とす。もう一つは解呪草という薬草を使用する方法……。ですが……寒い国にその薬草は生えません……」

「要するに、斬り落とすしかない?」

「そうなります」


 斬り落としただけで呪いの効果がなくなるのであれば安い物だ。

 普通の者であればそう思うだろう。

 しかし当たり所が首や背中だったりすれば、確殺の呪いとなる。


 だが津之江は、それに首を振った。


「駄目ね」

「で、でもそれだと……」

「死んじゃうわね~」


 津之江にとって、両手と言うものは捨ててはならない物だった。

 片手で何ができる。

 氷輪御殿を操ることもできなければ料理をするのも難しくなる。


 この腕は、何にも代えられない津之江の財産だ。

 時間が経てば経つほどその価値は膨れがっている。

 今のこの腕の価値は国がどれだけ金を積もうと買うことができない物だと、津之江は本気でそう思っていた。

 それを斬り落とす?

 出来るわけがない。


 能力がなくなった体を延命したところで何になる。

 であれば、最後まで使って輝かせなければならないだろう。


「津之江さん! 駄目です! 斬るしか……助からない!!」

「それで良いわ」

「良くない!!」

「レミちゃん、この子押さえてて」

「え……?」

「お願いね」


 津之江はテトリスを引き剥がし、レミに預ける。

 だがテトリスはそれを追いかけるようにしてまた手を伸ばすが、レミに手を掴まれてそれ以上先には行けなかった。


 後ろで二人が叫んでいるのを完全に無視し、津之江は木幕の元へと歩み寄る。


「木幕さん」

「……いいだろう」


 木幕は鯉口を切った。

 それに合わせ、津之江は面をつける。


「だが最後に聞こう。いいんだな」

「はい。戦場で死ぬ事こそが、誉! これが私が目指した女武将の在り方!」

「まるで男だな」

「フフッ。腕がなくなれば、弱くなるのは確実。女の私では斬り飛ばされた瞬間に死んでもおかしくはない。であれば!」


 津之江は一度氷輪御殿を振り回し、切っ先を木幕に向けた。


「この命消えるまで、舞い戦いましょう!!」

「その覚悟、しかと見届けよう!!」


 木幕は抜刀する。

 その構えは中段であり、切っ先は津之江の喉元を常に狙っていた。


「津之江さん!!!!」


 後方から聞こえたヒステリックなテトリスの声が、始めの合図だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る