5.25.ボレボア討伐
帰路についていると風が強くなってきた。
既に灰色の雲が空を覆ってしまっている。
このままでは吹雪になりそうなので、早々に帰る必要がありそうだ。
少し歩く速度を速め、ローデン要塞に向けて足を運ぶ。
幸いまだ雪は降ってきていないので、スゥの足跡だけはしっかりと追うことができていた。
どうやら真っすぐローデン要塞に向かって行ったようだ。
ローデン要塞までもう少しというところで、遠くの方から誰かが走って来た。
一人はスゥで、あと四人ほどがこちらに向かってきているということが分かる。
よく見てみれば、その内二人は見覚えがあった。
あの時稽古場でロングソードを扱っていたリーズと、短槍と盾を持っていたレイダンだ。
「っ! っ!」
「木幕さん! 大丈夫ですか!?」
「お主らか」
駆け寄って来た五人はまず木幕の無事を確認した。
彼らはスゥの事を知っていたので、子供が一人でいることを不思議に思って話しかけて見たところ、スゥは一人の腕を引っ張ってここまで戻ってきてくれたのだという。
見知っている人がいてくれたおかげで、こうしてここまで来ることができた様だ。
正しい判断だと言いながら、木幕はスゥの頭を撫でる。
「苦労を掛けたな。某はこの通り無事である」
「いやぁ、無事で何よりですよ。勇者さんをのしてしまうだからやられはしないと思ったけど、この子が必死で」
「まぁあれだけデカい魔物に出くわせば取り乱すのも不思議ではないしな」
そういった後、木幕は女性二人に目をやった。
名前は聞いたことがあっただろうか。
「ああ、木幕さん。紹介するよ。俺たちのパーティーメンバーだ。弓持ってるのがルーで、杖を持っているのがティーナ。魔法使いだな」
「「初めまして!」」
「木幕だ。お主らも駆けつけてくれたこと、感謝する」
弓使いのルーは艶のある綺麗な短髪で、幼さを感じさせる。
だが背は高く身軽そうであった。
防具もそれに合わせて軽めの物を身に着けており、上からコートを着ているだけの簡単な物。
背中と腰には種類の違う矢筒が携えられていた。
魔法使いと呼ばれたティーナは長くふわふわとした髪の毛が特徴的であり、凛々しい顔立ちをしている。
綺麗な顔立ちをしているというのに、地味なローブのせいでそれを隠してしまっている様だ。
だが性能は良いのだろう。
毛皮で作られたローブは風を一切通さないため、この中の誰よりも暖かそうな格好をしている。
効率重視の性格なのだろう。
この二人も、稽古場での木幕の動きを見ていた。
なので木幕の実力は知っている。
その為、この四人は木幕の態度に少し違和感を覚えていた。
強い冒険者というのは天才肌である者が多く、教えるのも下手だし傲慢な態度をとる者も多い。
だが木幕はまだ何もしていない四人に対し、感謝をしたのだ。
普通はそういったことはまったくと言っていい程しない。
援軍として駆け付けたのであればともかく、何もしていないのに礼を言う人を彼らは初めて見ただろう。
違和感こそ残ったが、彼がいい人であるということはこれで分かった。
何もしていないが、木幕の態度を見ていると気分が良くなる。
「とりあえず、吹雪いてきましたし早く帰りましょう」
「そうだな!」
「ギルドはまだ開いているか? 倒した魔物を買い取って欲しいのだ」
「それなら大丈夫ですよ~。ギルドは夜まで開いてますので」
それを聞いて安心した。
流石にこんな得体の知れないものを魔法袋の中にしまっておくのは気分が悪い。
早く金に換えてもらおう。
そう思いながら、六人で本格的に吹雪になる前にローデン要塞へと帰ったのだった。
◆
何故か暖房の利いているローデン要塞の冒険者ギルドに到着した六人は、暫くは受付に行かず部屋の暖かさに感謝していた。
ここから出たくないのか、朝見た冒険者が何人もたむろしているのが見て取れる。
彼らは今日仕事をしていないのだろう。
だがそれは冒険者の自由。
こういった出来高制の自由な仕事というのはなんともいいものだ。
好きな時に仕事ができる。
駆り出されることがないというのは本当にいい。
「……そう言えば、勇者はあいつだけなのか?」
「え? ああ。あれは後継の勇者だよ。引退した勇者がここに住んでるんだけど、今は彼がここの城主みたいな感じになってるねぇ」
「勇者も弟子を取るのだな」
「まぁそんなところかな。今の勇者は強いけど、引退したメディセオ様には遠く及ばないし」
「強かったか?」
「ふははは! や、やめてくださいよ! 流石に怒られますよ?」
「むぅ……」
リーズが説明し、レイダンが盛大に笑う。
そんなに可笑しなことを言っただろうか?
だが確かに、誰かから怒られそうではあるので、余りこういう話はしない方がいいだろう。
変なところで絡まれても迷惑だからだ。
十分に温まったところで、木幕は受付へと足を運ぶ。
彼らはまだ寒いようなので、壁の付近で固まっていた。
スゥもそこに置いておく。
「魔物の買い取りは何処だ?」
「あ、ここでいいっすよ」
「全て出してもいいだろうか? ここで依頼の達成も受け付けてもらえるか? スノードラゴン三体の討伐だったのだが……」
「ああ、確認のためにここに出してもらわないといけないんで、構いませんっす」
「では」
ドッサァとスノードラゴンの死体を机の上にばら撒く。
だがそれでは収まりきらず地面にまで何匹か落ちてしまった。
それを拾い上げてまた机の上に置く。
「ほぁ!?」
「あ、すまぬ。数えていなかった」
「え、え、ええ、えーーっと数えるっすね!!」
「ああ、それと……」
「まだ何か!?」
最後に狩った奇妙な魔物を、ずるんとその場に出した。
ギルドはそれなりに天井が高いので、余裕でここに出すことができたのだが、周囲の冒険者はその魔物を見て青ざめた。
魔物の買い取りを担当していた職員も、指をさしてカタカタと震えている。
それはリーズたちのパーティーメンバーも同じである。
『『『ボレボアー!?』』』
「なんだ……」
これはまた何処かで見たことのある雰囲気だと思いながら、木幕は嘆息する。
こういう時は、悪いことしか起きないからだ。
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