5.26.兆候
聞いたこともない名前に首を傾げながら、この状況を少し不安に思い見守る木幕。
この流れは今までの経験上よくないことが起こる。
しかし今更逃げるわけにも行かないので、大きなため息を漏らしながら事の成り行きを見守った。
だが今回は少し違う方向へと流れた様だ。
「ぼぼ、ボレボア!? あんた! こいつを何処で見たんすか!?」
「……ぬ? いや、スノードラゴンを討伐したところでだが……」
「近い!?」
ギルド職員が大きな声を出して驚いた後に、周囲にいた冒険者たちも驚いてざわつき始める。
一体何なのだろうと首を傾げる木幕とスゥだったが、その後冒険者やギルド職員がバタバタと動き始めた。
「なんなのだ……?」
「悪いけど買い取りは後で! マスタぁー! ギルドマスター!!」
木幕の話など知ったことかと言わんばかりに、彼らはやるべきことができたと何処かへ走っていく。
一体何なのだと頭を掻きながら、木幕はリーズたちのパーティーを見やる。
まさか買い取りも後回しにされるとは思わなかったのだ。
これはどうなるのだろうか……。
助けを乞う目で四人を見た木幕だったが、流石の四人もこの状況に呆れている様子。
だがそれは、冒険者の行動に呆れているのではなく、木幕の規格外さに呆れているようだった。
「よく、生きて帰ってこれましたね……」
「む……?」
「えーっと、ボレボアっていうのはですね……」
そう言ってから、四人はボレボアについて詳しく説明してくれた。
「この魔物は、魔王軍の斥候と呼ばれているのです」
「斥候?」
ボレボア。
脅威度にしてAランクとなるこの魔物は、強く、索敵が得意ということで斥候として最近になって動き出した魔物らしい。
昔はそのような使い方はされていなかったが、どうやらこの個体の特性をようやく理解したらしく、今では厄介な存在となっているのだとか。
様々な場所で斥候としての役割を担うボレボアは、暫く人間の行動を観察した後、魔王城へ報告をしに戻る。
数の戦いは情報戦から始まる。
もし人々にボレボアの存在がバレたとしても、そいつはAランクの魔物。
簡単にやられるような魔物ではないため、冒険者ギルドとしても手をこまねいている。
そして、この魔物が出没した地域の国は、例外なく魔物の軍勢が押し寄せる。
被害を出しながらも魔物の軍勢を退ける国もあるが、ほとんどの国は壊滅し、人間は蹂躙されるらしい。
ボレボアの出現は、魔物の軍勢が来る兆候として、今は扱われているらしいのだ。
「だからこうして慌てている、と」
「こうなったらこの辺にいる戦える人々は駆り出されるだろうな。どれだけの敵が来るか分からないんだ。それに、木幕さん。あんたはボレボアを倒してしまった」
「……ああ、そういうことか」
斥候が帰ってこなかったら、相手はどの様な策を取るだろうか。
まだ他にもいるかもしれないが、一匹やられただけでも向こうにとっては大きな痛手になる。
このような魔物がそう何体もいるとは思えない。
Aランクの魔物を倒すことができる人間がいると、木幕は彼らの主に教えてしまったのだ。
他の場所よりも激しい戦いになる可能性がある。
そして、ボレボアが出現した場所は近場であった。
それ程ローデン要塞に接近していたというのに、今の今まで誰も気が付くことができなかったのだ。
何処までこの要塞の情報が洩れているか分かったものではない。
知性ある魔物の情報収集は意外と厄介なのだ。
ローデン要塞は魔王軍の進行を食い止める国。
こういう時こそ要塞としての本領が発揮されるわけではあるが、今が一番季節の厳しい冬。
冒険者の援軍は見込めないし、物資も暫く入ってこないだろう。
何処かでそう言われていたような気がする。
「明日にでもギルドマスターからの指示で冒険者はかき集められるでしょう。最前線ということで兵士もいますし、何とかなるとは思いますが……」
「どうしよう……戦えるかな……」
「負けたら皆死ぬだけ」
「ちょっと怖いこと言わないでよティーナ!」
これだけのことを言える余裕があれば、問題はないだろう。
恐らくこの戦いには木幕も呼ばれるはずだ。
なんせボレボアを実際に討伐したのだし、ギルドマスターの目に留まらないはずがない。
状況などを聞かれるだろうし、木幕は暫くこのギルドで暖を取ることにした。
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