5.24.難儀な戦い


 霞の構えを取った木幕はすぐに突きを繰り出した。

 葉の刃が一斉に魔物に向かって行く。


 だが同じ手を喰らう程、この魔物も馬鹿ではなかったようだ。

 すぐさま足元を爆発させてその攻撃を完全に防ぐ。

 今の攻撃は先ほどの攻撃と違い、すぐに発動していたし狙いも正確だ。

 もしかすると至近距離になればなるほど精度が増すものなのかもしれない。


 そうなってくると近づくのは非常に危険だ。

 だがこちらの攻撃も致命傷とまではいかない。

 このままでは圧倒的に体力の少ない木幕がバテてしまうだろう。


 獣の体力は無尽蔵だ。

 一方こちらには限度がある。


「奇術よ、上手いこと動いてくれ」


 防がれた葉の刃を再集合させて、また突きを繰り出す。

 だが今度は操り続けてみることにした。

 出来るかどうかは分からないが、やってみなければ分からない。


 飛ばした葉の刃を操るように、葉隠丸をバッと横に振り抜いてみる。

 すると葉が軌道を変えた。

 魔物が丁度足元を爆発させたため、今は見えていないはずだ。

 ぐっと柄を握る手に力を込めてまた突き出してみる。


「ボゴオオ!?」

「シーー……!」


 案外うまくいくものだ。

 操れるのであればこちらに分がある。

 だが今の攻撃は当たりどころが良かった様で、魔物の一本の足がだらりと垂れている。

 あれでは使い物にならないだろうが、なんせまだ五つの足を残している。

 一本使い物にならなくなった程度で、走る速度は変わらない。


 逆に痛みをばねにその速度を上げているような気がする。

 足をドコドコと踏み鳴らし、滅茶苦茶に周囲を爆発させ始める。


「うぐっ! これは……!」


 視界が完全に塞がれた。

 雪と土が混じった爆発が止まることなく発生しており、その爆風はこちらにまで及んでくる。


 目に土が入らないように顔の前に腕を持ってくるが、それでもこの爆風は凌げるようなものではない。

 もう少し爆発に近ければ木幕ごと吹き飛んでいた事だろう。

 すぐに後退して様子を見る。


「ボオオオオオ!!」

「!?」


 吹き上がる雪と土の煙の中から急に魔物が突っ込んできた。

 急な事で驚いてすぐに回避しようと試みる。


「ぬ!?」


 踏ん張った瞬間、足が雪にめり込んだ。

 魔物が引き起こす爆発の衝撃で、固まっていた雪がほぐされてしまっていたらしい。

 これはマズいと、木幕は意を決して八双の構えを取った。


 もう回避は間に合わない。

 であればこのまま突き崩す。

 葉の刃を周辺に漂わせ、一気にその刃を魔物へと向けた。


 葉の刃は魔物の口、喉、頭、胸などのどんどん突き刺さっていく。

 だが空中を飛んで向かってきている魔物が止まる気配は一向にない。

 有り得ない生命力を保持しながら吠えて突進してくる。


 大きな口が木幕の眼前へと迫る。

 その瞬間、木幕は足を踏み込んで口から脳天に向けて渾身の突きを繰り出した。


 肘を伸ばし、肩を固定し、手首と踏ん張っている右足が一つの線になるように意識する。

 大きな体躯を支えれるかどうかは分からないが、これが崩れてしまえば刃は通らない。

 直感的にそう思って歯を食いしばり、柄を握っている力を急激に強めた。


 ズンッ!

 魔物は木幕の一歩手前に着地した。

 重い体が雪に叩きつけられて少しだけ揺れる。

 踏ん張っていた木幕ではあったが、その重さに耐えることができず足をどんどん滑らせて後退していった。

 だが形だけは未だに残している。


 ぴたりと動かなくなった魔物の頭には、葉隠丸の刃先が突き出ていた。

 ボロボロになった口周りは血でべっとりと汚れており、ぼたぼたと粘っこい液体が雪を赤く染めていく。

 一歩後退しながら刃を少しばかり乱暴に引き抜いた木幕は、すぐに血振るいをして刀身についていた血を布で拭きとった。

 支えのなくなった魔物の頭はドサッと地面に倒れ伏す。


「はぁ……はぁ……。難儀な……」


 息を整えながら、葉隠丸を納刀する。

 ここまで必死になったのは久方ぶりだ。

 死が目の前にある感覚は、いつまで経っても慣れるものではない。


 ふと気が付けば、あの宝石の光が消えていることに気が付いた。

 これはこのように強い魔物に反応する効果でもあるのだろうか。

 良く分からない物ではあるが、助けられたことは事実。

 危険を知らせてくれるものだ。

 これの持ち主はさぞ困っているに違いない。

 ローデン要塞に帰ったら持ち主を探すことを念頭に置きつつ、この死骸の処理をどうしようかと頭を悩ませる。


「とりあえず、これに入れておくか」


 そう言いながらまた魔法袋を取り出して、その中にこの魔物を入れておく。

 ギルドに帰れば解体する場所もあると思うので、そこでこいつを売ることにする。


「さて、スゥと合流しなければな……」


 スゥと別れた場所に戻ってみれば、まだ足跡が残っている。

 これを辿れば自ずと合流することができるだろう。

 木幕は今度こそ帰路についた。

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