5.23.奇妙な異変


 そう言えばすっかり忘れていたと、その宝石を取り出してみる。

 見てみれば宝石が赤く輝いており、その光はどことなく不気味さを醸し出していた。


「なんだ……これは……」

「……?」


 明らかに異様な石。

 どうしてこんな面倒な物を拾ってしまったのだと、心底後悔している最中ではあるのだが、どうしようもないことは事実。

 すっかり忘れていた自分にも非はある。


 しかしこんなものは聞いたことがない。

 どうして光り出したのか、何が原因だったのかさっぱり分からないのだ。

 とりあえずその光を封じ込めようと手で覆ったりして見るのだが、どうにも上手くいかない。

 諦めて摘まんで眺めてみるが、その光は衰えることはしなかった。


「これは……どうするべきか……」


 とりあえず冒険者ギルドに持って帰ろう。

 誰かに聞けばこの宝石の事を知っているかもしれない。

 そう思った木幕は足早に戻ろうとするのだが、そこでスゥが木幕の服を掴んで足を止めさせる。


「どうした?」

「っ」


 スゥは一点を指さした。

 その方向を見てみると、奇妙な生物がこちらに向かってゆらゆらと歩いてきているのが分かった。


 大きさは熊以上、腕は六本あって鋭い鉤爪が手の平全体についている。

 要するに指が何本もあるのだ。

 毛深い毛は一本一本が独立して意思を持っているかのようにうごめいており、時々獲物を感知したかのようにしてこちらに毛先を向けてくる。

 口は長い毛に隠れて分からなかったが、息を吐くたびに白い息が出ているので何処に口があるのかはよく分かった。

 しかしその口は異様に大きく、頭が一とするならば口は九の割合で、その口は四つに割れている。


 初めは冷静だったスゥだが、その口を見てしまい恐怖し、木幕に縋りつく。

 そしてかの魔物が近づいてくるにつれ、宝石の光は強く輝きだした。


 これが原因か。

 それに気が付いた木幕はすぐに葉隠丸を抜刀し、スゥを後退させる。

 いつもの様にいくか分からない相手。

 油断は禁物であり、相手もどう動くか見ているようだった。


「知性がある……」


 対峙して直感したのはそれだった。

 野生の肉食動物と言えば、ただ普通に襲ってくる。

 だがこいつの場合は少し違う様だった。


 明らかな敵意を持って対峙しているのだが、どちらの間合いにも入らない位置で一度待機し、木幕とスゥの動きを見ている。

 熊とは違うその動き。

 熊は逃げることを前提にして相手を見る。

 だが勝てる相手だと知ってしまうとそこからは手の付けようがない。


 今まで対峙したことのある魔物とは一線を画すその威圧感。

 ゴブリンやリザードマンなど虫けらだと言わんばかりの迫力があった。


「葉隠丸」


 それに返事をするように、力を入れると葉隠丸はキチッと鳴る。

 葉の刃が木幕とスゥの周囲に漂い始め、木幕が八双に構えたと同時に葉の刃はキッと魔物の方を向いた。

 時を同じくして魔物も臨戦態勢を取る。

 大きく開いた口に長く毛深い毛が入るが、全く気にしていないようだ。


「ぼぉーー……」

「スー……フー……」


 冷たい空気を軽く吸い、一度止めて温かくなった空気を吐き出す。

 ただでさえ寒い中、腹の底からそれよりも冷たいものが登ってくる。


「ボオオオ!!」

「っ!」


 魔物が咆哮を上げた瞬間、周囲の雪が爆発したように吹き上がる。

 咄嗟にスゥを抱えてその場から逃げてみれば、木幕が立っていた場所も雪が吹き上がった。

 周囲にあった葉の刃が吹き飛ばされる。


 雪というのは積雪量が多ければ多い程重くなる。

 この爆発は凍っているであろう一番下の雪すらも吹き飛ばし、地面の色を見せた。

 雪と氷、更には土が舞い上がる。

 この威力は相当な物であり、当たってしまえば足が吹き飛んでもおかしくはない。


「スゥ! この場から離れよ!」

「っ!」


 流石にずっと庇ってはいられない。

 スゥは聞き訳が良く、すぐに走って攻撃範囲から離れていく。

 向かう方向はローデン要塞。

 応援を呼びに行ってくれるのであればいいが、言葉を話せないあの子にとって意思の疎通は難しいだろう。


 ここは自分がやるしかない。

 未知の敵であり明らかに強敵と思われる存在ではあるが、このような獣風情に負けたとあっては示しが付かない。


 ギッと睨みを利かせ、葉隠丸を下段に下ろしてスゥとは反対の方向に走り出す。

 相手も脅威から排除しようと同じように走り出し、足を踏み鳴らす度に木幕の周辺の雪を噴き上げていく。


 これはなかなかやりにくい。

 当たれば即死する可能性もあるが、幸いなことに命中率自体は低かった。

 常に動いていれば何とかなるだろうが、相手もその動きに慣れてくるはずだ。

 その前に一気に叩く。


「奇術!」


 下段からの切り上げにて、葉の刃を持ち上げる。

 周囲に漂っていた葉が雪を斬りながら魔物に向かって行く。

 葉の刃は見事命中し、その毛深い毛の中に突っ込んでいったのだが、どうにも傷は負わせられなかったらしい。

 血も出さず悠々と同じ速度で木幕を追随する。


 この距離ではあまり有効な攻撃は与えられないようだ。

 もしくはこの作られている葉自体が問題の可能性もある。

 今までは針葉樹ではなく広葉樹の葉が生成されていたはずなのだが、ここに来て使ってみると針葉樹の葉となった。

 杉の葉のような形をしている。


 一見すれば鋭そうには見えるのだが、攻撃は有効ではない。

 環境によって生成される葉が変わるのだろうかと考えながら、魔物の攻撃を避けていく。


「切れぬのであれば……! はあっ!」

「ボオオ!?」


 木幕は一度止まり、霞の構えで相手を狙う。

 追撃が来る前に葉隠丸を突き出し、葉の刃を集中させて攻撃をしてみた。


 すると明らかに魔物が怯む。

 針葉樹の葉の刃は先ほどとはまったく違う速度で突撃していき、魔物に手傷を負わせていた。

 この葉は切るのではなく突くことに特化しているらしい。

 これが分かれば奴の対処の仕しようはいくらでもある。


 だが追撃が怖い。

 怯んだとはいえすぐに走り出して攻撃を避ける。

 案の定木幕のいた場所が爆発して大きな穴が出来上がった。


 長期戦になるとこちらの息が持たなくなる。

 すぐにでも決着をつけたいところではあるが、先ほどよりも攻撃が激しくなっていた。

 これではなかなか近づくことができない。


「このまま戦うしかないか!」


 木幕はもう一度、立ち止まって霞の構えを取る。

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