5.12.満足
冷え切った体に温かい食べ物は身に染みる程に美味く感じる。
次々に並べられる料理は既に、三人の胃を掴んでしまっていた。
温かいアラ出汁から始まり、この辺では珍しい魚の塩焼き。
さて次は何が出てくるかと思えば、鍋が出てきた。
特注で作ってもらったであろうその鍋は随分と懐かしい見た目をしている。
囲炉裏でもあればもっと雰囲気が出るだろう。
その鍋に入っているのは様々な野菜と肉。
薄く切って入れられている肉は、表面に油を浮かせていた。
野菜も多く入っており、中にはキノコなどもあるようだ。
「牡丹鍋であるか」
「猪は入っていないんですけどね」
そう言いながら、津之江は木で作ったおたまを使ってとりわけ、三人の目の前に並べていく。
湯気が顔付近まで上がってくるところを見るに、相当熱いということが分かるが、木幕はすぐにそれを手に持って味わっていった。
「……美味い」
「フフッ、お味噌はお口に合いました?」
「味噌か。こんな場所で良く作ったものだ」
「意外と何とでもなりますよ」
料理に精通しているだけあって、味噌などを作るのはお手の物のようだ。
味噌に使う大豆の代わりになるようなものがあったのだろう。
木幕と津之江が会話している間に、レミとスゥは手渡されたお椀の中に入っている鍋を冷ましている。
流石にこのままでは火傷をしてしまうので、念入りに。
もう十分だろうと思って先に口を付けたスゥだったが、ちょっと触れた瞬間にまだ熱いと気が付き、また息を吹きかけて冷ましていく。
ようやく丁度いい温度になったので、レミとスゥも木幕と同じように食べて舌鼓を打つ。
熱いが味がしっかりついており、野菜は甘く、肉は柔らかい。
まだ子供であるスゥは野菜が苦手なのだが、この鍋に入っている野菜はすぐに平らげたようだった。
「美味しい……美味しすぎる……」
「やっぱり冬の間に獲れる動物は、どれも脂が乗っていて美味しいんですよね。鳥とかだとまた味が変わるんですが……」
「あ、これって何のお肉ですか?」
「レッドウルフのお肉ですよ」
「レッ!?」
「ああ、あれか」
木幕は自分が羽織っているレッドウルフの毛皮で作った服を見る。
レッドウルフは食用としても用いられているというのは知らなかったので、なんだか勿体ないことをした。
今度出会って狩れた場合は、肉も回収して食べるのがよさそうだ。
しかし、レミとスゥはこの鍋に入っている肉がレッドウルフだということを聞いて非常に驚いた。
まずこの肉が超高級品という点においては、子供のスゥであっても知っている事だったからだ。
それをこんな鍋の中に入れ、それも見ず知らずの自分たちに料理として出してくれるということ自体異常なのだ。
レッドウルフと言えば、その素材は勿論のこと、肉も超高級品である。
普通はステーキなどにして王族や貴族などだけが食べることができるものなのだ。
「ち、因みに……どの部位を……?」
「使っている部位は肩ですね。大きくて中々減りません」
「肩!? 柔らか!!」
「煮込めば普通柔らかくなりません?」
「え、いや……聞いたことないですよ。レッドウルフの肩の肉が柔らかいなんて……」
レッドウルフは体も大きく、その筋肉量も多い。
その為、柔らかい部位はほんの一部。
他の個所は捨てられてしまうことがほとんどだというのに、この鍋に入っているレッドウルフの肉は柔らかい。
有り得ないとは思うが、実際に柔らかいし非常に美味しい。
この料理は見た目こそ庶民的で地味ではあるが、中身は王族の食べているものよりも遥かに高級なものである。
(なんてものを出してくるのこの人ー!!)
レミは手に持っている料理が金貨何枚分なのかと考えるだけで、手の震えが止まらなくなっていた。
「~~♪」
「美味しいですか?」
「っ!」
「それは良かった。作った甲斐があります」
レミの考えている事など、美味しい料理の前ではどうでもいいスゥ。
そもそも何をそんなに驚いているのか全く分からない木幕の二人は、腹いっぱいになるまで鍋を堪能している。
それを見てなんだか吹っ切れたレミも、その鍋を食べていくのだった。
鍋が空になった頃、津之江は湯飲みに冷たい水を汲んできてくれた。
熱い食べ物を食べた後の冷たい水は、喉に残る癖を流し込んでくれる。
寒い中ではあったが食べただけなのに汗を少しかいていたので、この水はとても美味しく感じられた。
「ご馳走様でした」
「ご馳走様でしたー」
「っ!」
「はい、お粗末様です」
津之江はそう言ってから、鍋と食器を片付けてくれる。
とりあえず厨房へとそれを持って行って、すぐに帰って来た様だ。
どうやら、話があるらしい。
彼女は座敷の端に座り、体をひねってこちらを見る。
「さて、どうしますか? 私はいつでもお相手致します」
純粋な殺意が感じられる。
津之江は笑顔でそう言ったのだ。
それは負けることなど考えていない、とでも言わんばかりの自身からくるものなのだろう。
気持ちから負けていては、勝てる勝負も勝てない。
女ながらに、その事を津之江は分かっていたのだ。
なんとも恐ろしい女だと、木幕は真面目に思った。
「某も準備はできている。が、もう少し津之江殿の料理を楽しみたくもある。難儀な事だ」
「あら、これは胃を掴めましたか?」
「この世の食事は……まぁ、不味い……」
「確かにそうですね。フフッ」
木幕の言葉に思わず笑ってしまう津之江。
まさかこんなところで日本食を味わえるとは思っていなかったのだ。
それにもう少し彼女
そう思うのは、鋭く刺さる視線があったからである。
それにテトリスという女性のことについても気になっているのだ。
「では、気が済むまでお付き合いいたしましょう」
「良いのか?」
「ええ、構いませんよ。元々、戦いは好きではないのです」
少し寂しそうな表情をしたが、それはすぐに消え失せる。
また笑顔を向けて、話を続けた。
「同郷の方に味見をしてもらえるのです。舌の肥えている人の方が、味見役は良いですからね」
「フッ」
「じゃ、まずは交流を深めましょう! テトリスちゃん、おいで」
「え!?」
「おーいーで?」
「あ、はい……」
有無を言わさない彼女の目に怯え、テトリスはちょこんと座ったのだった。
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