5.11.料理


 双方の間に沈黙が流れる。

 それは驚きと疑問を頭の中で思案する時間だった。


 木幕は女性が既に四人もの転移者を殺しているという事に驚いた。

 津之江は旅をして既に四人も殺しているという事に驚いていた。


 そしてお互いが疑問に思っていることがある。

 普通に考えて、二人合わせて既に八人の転移者を斬っているという事になる。

 だが各々が指示されていた数は十二人。

 この世界にはあと四人しか同郷の者がいないのではないのだろうか。

 その様な考えに至ってしまう。


「失礼ですが、その証拠はありますか?」

「うむ。これだ」


 そう言って、木幕は懐の中から鍔を三つと石突を取り出す。

 槙田の紅蓮焔から一つ、水瀬の鏡面鏡から二つ、そして西形の一閃通しから一つ。

 沖田川の一刻道仙は弟子に渡している為ここにはその証拠はないが、持ってきていた砥石を見せてその証拠とする。

 彼は研ぎ師であり、その情報だけあればいたという証拠にはなると思う。


 津之江も疑う事はしないようで、今度は彼女が証拠の品を持ってきてくれた。

 それは四本の刀。

 どれもこれも名のある日本刀ではなさそうだが、年季が入っているという事は分かる。


 やはり八人は既に斬っている。

 では……木幕と津之江を除き、あと二人しかここの世界には居ないのだろうか?

 二人の間にまた沈黙が流れる。


「一つ聞きたい」

「何でしょうか?」

「お主も、志は同じか?」

「木幕さんが旅をしておられる、というのであれば、恐らくその志、目標はとても高いものなのでしょう。ですが、私はそこまで大層なものは持っていません。平和に暮らすことができればそれでいいと思っています。骨もこの地に埋めるつもりですが、生は全うしたい……。ですから、抗うつもりではありますよ」

「左様か」


 そうでなければ面白くない。

 また不意に口角が上がりそうになったのを抑えて、一度咳払いをした。


 周囲のピリピリとした空気を感じ取った津之江は、手を叩いて首を傾げる。


「とりあえず、ご飯でも食べませんか? 日本食をご用意しますよ」

「某はお主に刃を向けるのだぞ? 構わぬのか?」

「ええ! ここはお店で私は女将。お店が来るものを拒んでどうしますか」

「では、お言葉に甘えよう。レミ、スゥ。座敷に行くぞ」


 まだまだ聞きたいことはあったが、まずは飯だ。

 ご馳走してくれるというのであれば、それに甘えよう。


 レミも実は木幕の世界の料理を食べたかったのだ。

 まさかこんなところで食べれるとは思っていなかったので、少し落ち着かない。


「でも、毒とか入れられませんよね……?」

「津之江殿はしないだろう。ま、あの小娘ならするやもしれんがな」

「うへぇ……」


 敵にわざわざ飯をよそうならば、ここで毒でも持ったほうが利口だ。

 だが話してみた感じからすると、津之江は食、料理にはただならぬ拘りがあるように思えた。

 自身の生業とする物を殺害の道具にするような者ではないだろう。


 三人は座敷のほうに歩いていく。

 家の中に無理をして作ったような場所ではあったが、それなりに形にはなっていた。

 とは言え畳はない。

 木の床に低い机と敷物を敷いた程度の簡単なものだ。


 初めての形式に戸惑う二人だったが、ここは木幕が丁寧に教えていく。

 履き物を脱ぎ、揃えてから机の前に座る。

 後は料理が運ばれてくるのを待つだけ。


「師匠の所ではこれが普通なのですか?」

「このように大きな机はないな。蕎麦屋やうどん屋はそもそも机がないが」

「全然イメージできないんですけど……」


 短い会話をしていると、おぼんに三つの茶碗を乗せた津之江が歩いてきた。

 静かな動きでそれを三人の前に置いていく。


 中に入っているのは魚の骨。

 少し身も残っているようで、これがアラ出汁であるという事はすぐに分かった。

 温かい湯気に良い匂いが乗っている。


「この世界の魚のアラ出汁です。川で取れた魚なんですけど、とってもいい味が出ています。寒い中ご足労頂いたので、まずはそちらで体を温めてください」

「頂こう」

「いただきまーす」

「っ!」


 両手を合わせてから茶碗を持つ。

 口元に近づけると、匂いが分かる。

 川魚とは思えない良い匂いがするのだが、レミとスゥに取ってはそれが薄い匂いだなとしかわからなかった。

 熱いので少し冷ましてから口を付ける。


「あ、おいしい……」

「っ! っ!」


 匂いがあまりないので味が薄いかと思ったが、含んだ瞬間ガツンと濃厚な出汁の味が口いっぱいに広がった。

 一度味を覚えると、匂いが強くなったように感じる。

 体の中にスーッと入っていき、体内から温めてくれるようにも感じられた。


 木幕は非常に懐かしい味を精一杯味わっている様で、目を瞑って静かに飲みこんでいる。

 スゥも気に入ったようで、早く飲みたいと息を掛ける速度を上げた。


「これ、どうやって作るんですか?」

「魚の頭を落として、半分に割ります。それを煮込めばいいだけです」

「え!? それだけ!?」

「フフッ。初めて聞くお客さんは必ず同じ反応をします。私はこの世界の料理についてはまだ詳しくないのであれなのですが、このお魚は醤油や塩無しでも美味しい出汁が取れるんです」

「へー!」


 話を聞いて驚きながら、またアラ出汁を飲み込んでいく。

 さっぱりとしているのに無性に癖になって何度も何度も繰り返し飲んでしまう。

 全て飲み切った後に残るのは、喉に残った癖と少しの虚しさだ。


 気が付けば津之江の姿はなく、次の料理を作っている最中の様だ。

 奥からトントントントンという音が聞こえてくる。


「師匠……」

「なんだ?」

「師匠の世界の料理なめてました」

「津之江殿の腕が良いのだろう。ここまで旨いのは某も久しく食べていない」


 これは素直な感想だ。

 魚が珍味であることも間違いないのだろうが、それに合う料理を探すのは難しい。

 無知なこの世界で食を探求する彼女は、相当な努力家だろう。


 しかしこの店には誰もいない。

 何故かは分からないが、まずは次に来る食事に舌鼓を打つとしようと考える木幕だった。

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