5.2.過酷な物資輸送


 十分な物資、食料、水。

 それら乗せたこの八つの馬車を動かしている馬は完全に縮こまり、思わぬところで足止めを喰らっていた。


 ゴウゴウという音を鳴らしながら、冷たい強風が冒険者たちを襲う。

 数人の魔法使いが風魔法でできるだけ風が当たらないようにはしてくれているが、そもそもの寒さは流石に防げない。


 猛吹雪。

 馬にまで防寒具を着せているが、こうなってしまうとどうしても動けなくなってしまう。

 こういう時は犬を連れていた方が良いという話ではあったが、数が必要なので馬車の移動は向いていない。


 今ほとんどの冒険者はこの猛吹雪をどう耐えるかを必死になって考えていた。

 この移動にはこういった試練が突然やってくるのが日常茶飯事ではあるのだが、経験の多い者は少ない。

 少しでも経験のある者に意見を求め、何とかしようとしているのが現状だ。


 木幕たちもそのうちの一人。

 買ってきた防寒具を全て出し、スゥやレミに着てもらっている。

 これであれば狩って来たレッドウルフの毛皮を使って三人分の服を作ればよかったと後悔したが、既に契約により向こうに買収されていた為手が出せなかった。

 ない物ねだりをしても仕方がないし、過ぎたことを考えても意味がないことは分かってはいるが、こうなるのであればこうすればよかったと考えずにはいられない。


 しかし幸いだったのは買ってきた防寒具によって寒さは凌げているという事だった。

 この猛吹雪の中、道中で立ち往生しているので火が起こせないのは少し辛いが、馬車の中でなら何とか火は出せる。

 勿論レミの有する生活魔法ではあるが、ないよりはましだ。


 時間が経つにつれて雪が周囲に積もっていく。

 それを何とか炎魔法で溶かしている者もいたが、鼬ごっこなのは変わらない。


「進むにつれてこのような吹雪に見舞われるとは……」

「覚悟はしてましたけど……まさかここまでとは……。これじゃ馬が死んじゃいます」

「何やら魔法を馬に使っていると聞いたが……」

「体温を逃がさないようにする魔法ですかね。動物にも使えるのでこういった寒い場所では良く使いますが、ここまでの吹雪となるとあんまり意味がないかもしれません」


 レミの言った通り、そう言った魔法を今も馬たちにかけている魔法使いはいる。

 だがあまり意味をなしていないのも事実。

 馬が死んでしまえば動く手段が無くなってしまうので、必死になって守っているようではあるが……それもいつまで持つのか分からない。


 まさかここまで過酷な道のりになるとは思っていなかった。

 少しでも進ませようと一つ一つの馬車を人力で押しながら進んでいるが、やはり効率が悪い。

 吹雪の中では視界も悪いし、動くのはあまり得策ではないと思う。

 だが、彼らは目的地までは何としても馬車を運びたかったのだ。


 外から大きな声が聞こえてくる。


「もう少しで目的地だー! それまで頑張ってくれー!」


 割と早く着いたなと思って外に出てみる。

 強風で少しよろめいたが、すぐに姿勢を少し低くして抵抗し、目的地の方角を見てみた。

 すると、何か大きなものがのっしのっしと歩いてきているのが見て取れる。

 何だと思って驚いていると、その影は人の背を優に超えた動物であるという事が分かった。


 ずんぐりとした体を有し、大量の白い体毛で覆われている。

 熊のような姿をしていると思ったが、それは骨格だけで細かな部分は違う。

 顔は毛で隠れていて見えず、巨大な体躯を支える足は頭よりも大きい。

 長い尻尾は歩みを進める度にぶんぶんと左右に揺れていた。

 一匹で馬車を三つ程動かせるのではないだろうか。


「おお! 来てくれたか!」

「ごーくろーさーん! 後は任せろー!」


 その背中には毛皮で作った服を着ている人物が乗っていた。

 耳を掴んで操作しているらしく、軽く後ろの方に引っ張ると歩みを止める。


「あれは何だ?」

「あれかい? 雪国で馬の代わりにしてるクープだよ。雪道では馬がほとんど使えないから、中間地点で牽引を交代するのさ」


 ローデン要塞から派遣されてきている馬の代わり。

 物資はこうしてよく届くため、途中まで持ってきてからは後は向こうがやってくれる。

 良い手際で一頭のクープに四つの馬車を連結させて歩かせた。


 大きな体躯のクープが雪を全て踏み潰して固めてしまうので、これからは炎魔法も必要ない。

 ほとんどの冒険者はここまでが仕事となる。

 帰りは馬を歩かせて、この中継地点から馬車を八つ借りて降りていく。

 この馬車は以前の物資輸送で持ってきてもらった物だ。

 それを今返して、また今度持って来てもらった時に今の馬車を返すというサイクルを繰り返している。


 だが猛吹雪が止むまでは馬も動けないので、この中間地点で休憩をさせてもらうことになっている。

 疲れている冒険者も底の宿に泊まって疲れを癒し、また帰っていくのがセオリーだ。


 どうやらこの中継地点はそれなりに発展している様で、雪国らしい街並みが広がっていた。

 街というよりは大きな村程度の物だが、それでもこの人数が休める場所は十分にある。

 馬も暖房の効いた馬小屋に入れて体力を回復させるようだ。


 持ってきた物資の半分はこの街に。

 残りは要塞の方に持っていくらしい。

 四つの馬車を引いている二体のクープが街の中に入り、荷下ろし場へと歩いていった。


「中々……凄いものを見た」

「あんなに大きな動物が人の言う事聞くんですね~……」

「クシッ!」

「あ。風邪ひいちゃうね。とりあえず宿に泊まりましょう」

「うむ」


 街の散策は後にして、三人は冒険者が泊まる宿へと足を運んだ。

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