5.3.ローデン要塞の下町


 宿を取って一息ついた三人は、温かい部屋で暖を取っていた。

 しかし、流石にこの寒い中の道を進んできたのは堪えたのか、スゥの体調がよろしくない。

 まだ完全に風邪をひいている訳ではないのだが、このまま放っておけば体調を崩してしまうだろう。


 とりあえず体調が良くなるまではここに滞在することにする。

 そんなに急ぐような旅でもないので、今は当てもないのだから。


薬師くすしはおらんのか?」

「んー、街を見てみないと何とも。いるとは思うんですけどね」

「では探してみるとするか」


 運ばれてきた物資の中にも薬はあるだろう。

 とりあえず街を散策して見ることにした。

 レミはスゥを見てもらっておく。


 外に出た木幕は雪道を歩きながら薬屋を探していった。

 この街はやはり大きい。

 全ての家の屋根が合掌作りに近い形をしている。

 やはりどの世界でも雪への対処法は同じなようだ。


 通りは広く取られており、クープが通りやすい様にされていた。

 あの大きさでは道を通るだけでも一苦労だろう。

 今もそのクープが道を歩いている最中である。

 どうやら先ほど運んできた物資を要塞の方に運ぶ様だ。


 踏み潰された雪は固まり、歩きやすくなる。

 除雪とは違うが歩きやすくしてくれるのであれば有難い。

 何の不自由もなくこの街を探索することが出来そうだ。


 しかし……暫く歩いているが、この街の活気はなかなかのものだ。

 物流に頼っているところがあるとはいえ、店の中や外でも人の通りは多い。

 それから察するにこの要塞に気を遣っている国は多そうだ。

 そうでなければここまで栄えることはないだろう。


 中でもよく見かけるのが兵士や冒険者だ。

 こんな所でもギルドはあるらしく、それぞれが依頼を受けて外に出かけている。

 それならとりあえずギルドに行って、薬屋の場所を聞くのが良いだろう。

 そう思って探してみるが、一つだけ良く目立つ高い建物があった。

 大屋根作りに似た屋根をしているが、おそらくここがギルドだろう。

 その証拠に印が刻まれた看板がある。


 中に入って確認してみると、予想は当たっていた。

 様々な冒険者が依頼を受けたりしている。

 数も多く活気もある場所だ。


 そこで、一人暇を持て余していそうな人物がいたので、話を聞いてみることにする。


「薬屋を知らないか?」

「薬やですかい? それならこの正面にありますよ」

「む、そうであったか。かたじけない」


 人に紛れて場所が良く分からなかった。

 しっかりと目的の場所を見つけれるようにならねばと少し反省する。


 しかし、薬屋の紋様は少し分かりにくい。

 ただの瓶が書いてあるだけなのだ。

 薬草らしい紋様を書いてくれると分かりやすいのだが……。


 そう思いながら、店の中に入る。

 中からは薬の独特な匂いが充満していた。

 店番をしている人物の所まで歩いて行って、話しかける。


「風邪に効く薬は無いか?」

「お、いらっしゃい。風邪ねー……。悪いけど今切らしててね……」

「むぅ、そうか……」

「悪いね。ここはとんでもなく寒いから、風邪薬が良く売れるのさ」

「薬師がいるのは此処だけか?」

「お生憎様……ここだけさぁ」


 薬師は非常に疲れているように感じる。

 碌な休みを取っていないという事が目に見えて分かる様だ。

 大きな村、街と呼べる場所に薬師が一人というのは大変である。


「跡継ぎは?」

「居ない居ない。まずこんな寒い所で働こうって奴がおかしいのさ。調合の知識があればすぐにでも雇いたいよ」

「難儀であるな。医者は?」

「薬師と医者は別物だからね。彼らは魔法で癒すことに長けてる。僕なんかは風邪薬とか疫病の治療薬……まぁ言ってしまえば、外傷じゃなくて病を癒したりすることに長けてるかな?」

「ほぅ。某の故郷ではそのどちらもこなす者が多かったが……」

「す、すごいねぇ……見習いたいよ」


 そもそも医療の仕方が違うので、これは比べても仕方がないことかもしれない。

 しかし薬が無いというのは困った事だ。

 あの物資の中にはなかったのだろうか……?


「残念、あれにはないのさ」

「そうなのか?」

「ああ。風邪薬は一般的に出回ってるものだけど、長持ちしなくてね。国からここまでの距離だと使い物にならなくなっちまうんだ。だから冒険者の採取依頼に頼ってる。要するに鮮度が大事って事」


 その薬草はどんなところにも自生するらしいのだが、摘み取ってからすぐに加工しなければならないらしい。

 期日は二日ほど。

 確かにルーエン王国からこの中継地点までの距離を考えると、どうしたって使い物にならなくなってしまう。

 作ってからではなくてその薬草自体に賞味期限が設けられているので、長距離の移動には向かない様だ。


 だがここにいる冒険者は腕っぷしに自信のある奴が多い。

 そんなこまごまとした採取依頼を受ける者が非常に少ないのが現状。

 なのでこうして品切れになってしまったのだとか。


「若い冒険者が居なくてねぇ……」

「では某が取って来よう。直接ここに持ってきても良いのか?」

「ね、願ってもない! 今資料を……」


 彼はそう言うと、机の下にあった書類を出して薬草に関することを教えてくれた。

 どうやら風邪薬に使用される薬草、カポエ草は群生地によって色が変わるらしい。

 ここは白くなるそうなので、なかなか見つけにくいようなのだが、氷の張っている所……つまり水のある所には多く生えているとのことだ。


「この説明を聞かない冒険者が多くてね……。温かい場所では緑色をしているんだ。どうせここも同じだろと出て行って手ぶらで帰ってくる事も多いのさ」

「分かった。では行ってくるとする」

「頼むよ。入ってきた場所からまっすぐ行くと凍った滝がある。そこに行ってみれくれ」

「うむ」


 軽く手を上げてから、木幕はまた外に出たのだった。

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