4.63.一撃の勝負


 木幕とバネップはお互いの目を見て構える。

 二人は手を上げているレミの合図を静かに待っていた。


 中段に構えている木幕は、あの長い剣をいかに掻い潜って攻めるかを考えていた。

 先程の戦いから見て、動き自体はそこまで早くない。

 だがその火力は凄まじいものだ。

 長期戦になれば不利になっていくだろう。

 だから一撃で決めることを念頭に、頭の中で戦略を練る。

 

 下段に構えているバネップはまた声を出して攻めてくるつもりだ。

 これが彼の戦い方なのだから、今更変える事は出来ない。

 ライアとは違う普通の構え。

 だが見たこともないその武器から編み出される技をとても楽しみにしていた。


「では……はじめっ!」


 レミが大きな声で叫んだ後、バネップは先ほど同じように声を出す。

 だがあのような物、槙田のろくろ首の火炎に比べればただの温風が肌に当たるだけの弱い物だ。

 水瀬の生気のなくなった顔よりも怖くはない。

 西形の許された槍術よりも攻めにくくはないし、沖田川の圧よりも軽い。


 そこで木幕は一歩前に出る。

 それからすり足でどんどん前に進んでいき、間合いを潰していく。

 剣先がバネップの間合いに入った瞬間、彼は大上段へ武器を振り上げて踏み込んだ。


 振り上げながらの前進。

 そして踏み込んでから振り下ろす時間差。

 握り手は丸く力が入るようにしているだけだが、その構えはこの世界独特の物。


 それを見るだけの時間が木幕にはあった。

 バネップの放った攻撃はなんとも遅く感じてしまったのだ。

 この感覚はいずれ消えて行ってしまうだろうが、今はまだその余波が残っている。

 体が沖田川の剣を覚えていたのだ。


「葉我流剣術、一の型……発芽」


 ギャジャッ!

 摺り上げられた長い剣は木幕の隣を通過して地面に突き刺さる。

 相手の攻撃を突きで往なし、喉元に切っ先を向けた。

 勿論間合いを潰すために往なした瞬間踏み込んでいる。

 だが彼も同じように踏み込んでいるので、間合いの調整はしっかりと行い……静止した。


 この世界に来て間もない頃、同じような事をした記憶がある。

 暫く固まっていたバネップだったが、小さく頷いて諦めを付けた。

 剣を戻して高らかに笑う。


「はっはっはっは! やはり勝てんか!」

「一手目で大きな技を出すからだ。小回りの利く小さい技ですぐにやられるぞ」

「まさか説教を喰らうことになるとはな! だが儂が戦ってきた敵は大きな魔物なのだ。対人はむいておらんのだよ」

「だが……」

「勿論それを言い訳にするつもりはない。負けは負けだからな」


 負けず嫌いな一面がありそうだなと思っていたが、意外と柔らかいらしい。

 分かっているのであればこれ以上言う事は無いと、木幕も葉隠丸を納刀する。


 しかし……この刀。

 沖田川が研いでから刃こぼれを一切しなくなった。

 何が原因かは分からないが、恐らくあのクオーラウォーターの砥粒に何かしらの力があったのだろう。


 これを誰かに伝えても良い物かと考えたが、また面倒なことになりそうなのでやめておく。

 教えたとしても取りに行くことはできないと思うので、問題ないとは思うが話を事細かく聞かれるのは面倒くさい。

 その様な結論に至ったので、木幕は音を鳴らして葉隠丸を納刀した。


「木幕といい、ライアといい、なかなかの腕だ。本当に惜しい人材だよ」

「フッ。では、某は行く」

「なんだ。もう少しゆっくりして行けばよいものを」

「ここでの目的は終わった。ライアもいる事だし、これからはお主に役目を全うしてもらう」

「任せてください! 師匠から託された宝、絶対に守って見せます!」

「資金はこれだ。持っておけ」


 木幕は魔法袋をぽいとライアに投げ渡す。

 中身を知らない彼は、とりあえず手を突っ込んで中を確認してみると、そこには砕かれたクオーラ鉱石が山の様に入っていた。


「えっ? ……どぅええええええ!?」

「必要になった時に使うが良い。無くなったらクオーラクラブとかいう蟹を殺せ。今のお主ならできるだろう」

「国宝級がああああ!!」

「本当に全て砕いたのか!?」


 話の流れと、ライアが鷲掴みにしている砕かれたクオーラ鉱石を見て、バネップも驚いていた。

 どちらかと言えば、その量より砕いてしまった事実にだが……。


 話を終えた木幕は、自分の足で屋敷に戻ることにした。

 馬車を出すとバネップは言ってくれたが、そこまでやっかいになるわけにはいかない。

 自分たちの仕事も残っているだろうし、ここは丁重に断った。


 後しなければならないことは……。


「スゥに話を聞くか」

「そうですね」

「お願いします」


 スゥの事はライアに承諾してもらっている。

 他でもない沖田川が約束をしていた事なのだから、蔑ろには出来ない。

 だが本人の意思確認無しで連れて回るのは良くないので、帰ってから本格的にその話をすることにした。

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