4.62.免許皆伝
大きく息を吸ったバネップは、腹から声を出して空気を震わせる。
「ウォオオオオオオ!!!!」
ビリビリと空間が震動する感触が鼓膜に伝わってくる。
声と同時に圧も放っているのか、そもそも圧が声になっているのか分からないが、相当な威圧を感じることができた。
咆哮のバネップと呼ばれるにふさわしい戦い方だ。
あの声であればどの様な騒がしい戦場でも、彼の位置を把握することができるだろう。
並大抵の者であれば、その声を直に受けて怯まない者はいない。
バネップはこのような若造と侮っていた節があり、これで決着がつくと思っていたのだ。
だが、ライアは一切動じていなかった。
沖田川の集中の境地。
それを彼も会得しており、相手を斬ることだけに全神経を集中させることができていた。
バネップの咆哮はライアの耳にはぼんやりとしか届かず、ただの一点を見続けている。
その顔は、彼に意識があるのかどうかも怪しい程真剣な物だった。
ズンと大きく踏み込んだバネップは、その長い得物を横凪に振り込んでライアを捉える。
「雷閃流横一文字」
だが剣がライアの攻撃の間合いに入った瞬間、バネップの攻撃速度を遥かに超える速度で抜刀した刀が向かって来た剣を思いっきり弾く。
ギャインッ!!
渾身の攻撃を弾かれたバネップは、声にこそ出さないが驚いてはいる様だ。
両腕での攻撃を片腕の一振りだけで相殺された。
彼にとっても初めての出来事ではあったが、数々の戦場を乗り越えてきたバネップはすぐに次の手を打って対処する。
弾かれた剣をぐっと握り直して力まかせにもう一度同じ方向からの攻撃を打ちこんだ。
ライアの刀は振り抜いた後なので納刀できていない。
次の攻撃はどうしても刀で避けるのは不可能なので避けるしかないのだが……彼は避けるという選択肢はしなかった。
その代わり、体に一瞬雷が纏う。
本当に一瞬だ。
だがその瞬間、またバネップの剣が大きく弾かれた。
「ぐっ!?」
「……っ……雷閃流奇術……!
「ええっ!?」
「ほぉ……」
ライアの体にもう一度雷が走り、消えていく。
あの攻撃……受けたことは無いがすさまじい程の速度での斬撃を放つことのできる奇術。
だがライアにとってその攻撃は体に負荷を掛けてしまうようで、攻撃を放った後は膝をついて息を荒げていた。
まさかライアがあれを習得しているとは思っていなかった。
そんな事まで教えていたのかと、少しだけ呆れてしまう。
「免許皆伝……か」
沖田川はライアに全てを教えていた。
一度しか教えていないのにも拘らず、彼は師匠が見せてくれたその技を全て脳に焼き付けて記憶していた。
だが練習する機会は殆どなく、まともに技を試せたのは……。
昨日だった。
襲撃で全ての敵に一つ一つ技を試して行き、それを自分の技にした。
実は居合の才能があったことを沖田川は見抜いており、半場無理矢理に技を教え始めたのだ。
それがライアには嬉しかった。
だから、その全てを絶対に身に着けると誓っていた。
「雷閃流極地、虚鞘抜刀術」
「ゥオオオ!!」
「うっ!?」
上段から降り降ろされたその攻撃は、ライアの一撃を軽く押し潰していく。
これはマズいと思ったライアはすぐに両手で刀を抑える。
流石に技は教えてもらっていても、その技術はすぐに真似する事は出来ない。
雷閃流奇術、雷神の雷鼓はライアの持っている雷魔法を自分に撃って発動させるものだ。
だからこそ真似できたが、虚鞘抜刀術はそんな簡単に出来る物ではない。
故に力が不足し、こうして抑え込まれてしまった。
手数が増えても威力がないのであれば、それはただの素振りである。
「ぐうぅ……っ」
「オオオォォォ……っし、儂の勝ちだな!」
完全に抑え込まれたライアは動けなくなった。
それを確認したバネップは自分の勝ちを宣言し、ようやくその拘束を解く。
「いででででっ!」
「自分に雷魔法を無詠唱で撃つか……。いい覚悟だ。リューナ!」
「は、はいっ!」
トテテッと走って行ったリューナは、すぐに回復魔法を唱える。
彼女の魔法はやはり強力で、ライアは立ちどころに回復したようだ。
すぐに礼を言ってから、バネップに深々と礼をする。
「有難う御座いました!」
「ライアだったか。強いな。これからも励め」
「はいっ!」
「しかし、このような逸材が冒険者ギルドに眠っていたとはな……。どうだ? ここに仕える気は無いか?」
「ありません!」
「「「ええっ!?」」」
迷うことなく突っぱねたライアのその発言に、周囲にいた使用人全員が驚いて声を上げる。
公爵の地位を持つバネップに仕えたくないという者などいないと思っていたのだから、なおのこと驚いた。
だが彼には守らなければならない物がある。
師匠から託された子供たちだ。
本当であればここで働いて子供たちにも安定した職に就いてもらいたい所だが、そうすると他の子供たちを助けることができない。
ライアはあの屋敷を拠点に、未だに差別を受けているスラムの子供たちを救おうと真剣に考えているのだ。
それを彼らに言う事は出来ない。
この国はスラム街の人々への当たりが強いからだ。
バレてしまえば何が起きるか分からないので、こちらがそれなりに活動をしてからでなければ自分たちのことを伝えるのは避けたい。
だから断った。
沖田川が死に際にライアに託した、宝物を守る為に。
「すいません」
「はっはっはっは! 構わんさ。変に媚び諂って来るよりは付き合いが良くなるだろう。何か困った時は言うがよい。できる範囲でなら手伝ってやろう」
「……恩を売ってもここには勤めませんからね?」
「バレたか! はっはっはっは!」
大きな笑い声を上げながら、ライアの背中を叩く。
ひとしきり笑ってから、今度は木幕の顔を見る。
それに気が付いた後、柄に手を置いて前に出た。
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