4.59.継承、一刻道仙


 扉から飛び出してきたのは、沖田川の弟子のライアだった。

 返り血を少し浴びてしまっており、右足を庇いながら外の様子を確認している。

 どうやら負傷してしまっている様だ。


 すぐに外で倒れてる数々の死体を見て驚いたが、次に倒れている沖田川と地面に膝をついている木幕を見つけた。


「!? 師匠!!」


 足の痛みなど知ったことかと、全力で走ってきてすぐに近くに寄りそう。

 足りない腕を見て驚き、止血しようと自分の服を破る。

 だが沖田川がそれを制止させた。


「……もう、遅い」

「ま、まだ! まだ間に合います! 師匠は理解できていないですけど、この世界の魔法は凄いんです! 大丈夫ですから!」

「自分の事、くらい……分かるわい……。もう、腕の感覚が無い……力も……」

「駄目です! 諦めませんからね! 子供たちはどうするんですか!」

「お主が……おるわい……」

「役不足に決まってますよ! 師匠がいたからこそ子供たちも元気なったんですから!!」


 そう叫びながら、無理やり手当をしていく。

 だが血が止まる様子はなく、抑えた後からも血が滲み地面に雫が落ちていた。


 それを見て何もできない木幕は、ただ地面を見て黙っていた。


 未だ治療を続けようとするライアに、最後の力を振り絞った沖田川の拳がぶつかる。

 渾身の一撃だったが、音もならない弱い物だ。

 だがライアにはその一撃がとても痛く感じた。

 この痛みは胸の奥から来るものだ。

 今までに感じたどんな痛みよりも痛い。


 その手には、一刻道仙が握られている。


「……」

「し、師匠……?」

「……」


 沖田川は真剣なまなざしてライアの目を見る。

 小さく頷く、突き出している腕にもう一度だけ力を入れた。


 その意味がようやく分かったのか、ライアはその日本刀を恐る恐る受け取った。

 満足そうに笑った沖田川の表情から、彼の言いたいことを確信する。


「これを……僕に……?」

「……」


 目で訴え、その解釈であっていると肯定する。

 力強い目つきを見たライアは、今度はしっかりとその日本刀、一刻道仙を握って頷いた。


「……ぉ……ぃ」

「はい! なんですか!?」


 声を聞き逃さまいと、耳を口元に近づける。

 か細い声をしっかりと聞き取り、ライアは大きく頷いて涙を流す。


 優しく沖田川を抱きしめ、彼もまたライアの頭に手を置いた。

 弟子、というよりも息子を慈しむ父親の様だ。

 だがその光景も長くは続かなかった。


 急に力を失った腕が、地面に落ちる。

 体中の力が抜け、ライアの腕にずしりと体重がのしかかった。

 それがどういう意味かは、言わなくても分かる事である。

 ライアは堪えていた声を零し始め、押し殺すように泣き始めた。


 沖田川が最後に何を言ったかは分からない。

 それは弟子であるライアだけが知りえることだ。


 後ろからドタドタと足音が聞こえてくる。

 レミと一緒に子供たちが出てきて、周囲にある死体に驚いて固まった。

 子供たちに怪我はない様だが、レミは腕を抑えながら歩いており、頭からは血が出ている。

 薙刀は折れてしまったようだが、そのまま武器として使っていたらしい。


「師匠! あっ……」

「ライア兄ちゃん! お爺ちゃんは……っ!」

「え?」

「お爺ちゃん!!」


 レミが木幕たちを見つけたが、その光景を見て少し体が強張った。

 彼女は理解していたのだ。

 沖田川がこのような敵に負けるはずがない。

 そして木幕がそこにいるという事は、既に決闘が終わった後だという事に。


 この状況に乗じて立ち合ったのだろう。

 彼は優しい方法を取ってくれたのだ。


 子供たちが走り、木幕の横を通り過ぎていく。

 後ろから聞こえる泣き声を聞きながら、木幕はゆっくり立ち上がってレミの元に歩いた。


「……師匠」

「強かった。本当に」


 彼らに聞こえない声で、レミは木幕に真意を確認する。

 予想は当たっていた。

 ストンと座った彼は、ひどく疲れている様だ。


 レミは体中が斬り傷だらけになった木幕に手当をしていく。

 肩の傷が一番酷いので、持ってきた布を巻いてとりあえず止血しておいた。


「……スゥを旅に連れていく」

「スゥちゃんを?」

「うむ。某の弟子にせよと沖田川殿に言われた。約束なのだ。付きおうてくれ」

「分かりました。本当に弟子にするんですね?」

「男に二言はない」


 その言葉を聞いて、妙に嬉しそうにしていたレミだったが……今は心の方を落ち着かせたい。

 しなければならないこととは言え、世話になった者を斬るのはやはり来るものがある。


 冷たい夜風が肌を刺激し、斬られた傷を触って痛みを増していく。

 それは今の木幕の心情を捉えているようであった。


 一刻道仙は、しっかりと弟子の手に渡っている。

 泣き声は闇の中に溶けていき、明るい月明かりが優しく照らしていた。

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