4.58.納刀しない居合術
構えた沖田川はダンッと踏み込んで木幕に切り込む。
その一撃はすぐに受け流すことができたが、彼はすぐにまた刃を左腰に戻して左手の人差し指に刀身を乗せる。
(早過ぎる!)
納刀を必要としない居合。
ただ刃を左腰に持ってくるだけで次の攻撃が可能となる。
それは木幕が攻撃を受け流した後打ち込む速度を遥かに上回り、回避できない一閃を打ち込んだ。
バスッ!
同じ方向から来た二連撃目は木幕の右肩を斬った。
鮮血が飛び散って下にある芝生に消えていく。
だがまだ攻撃は終わらない。
次は一刻道仙を上段に構えて居合をする。
上段からの居合など聞いたことも見たこともないが、鞘を必要としないこの居合は全方向からの居合を可能とするのだ。
ギャンッ!
一度攻撃を受けた木幕だったが、歯を食いしばってその痛みを耐えて沖田川の斬撃を反らす。
その反動を利用して逆手持ちに構えた沖田川は、下段からの居合へと変更。
左手の親指を一刻道仙の峰に置いて切り込んで来る。
この接近攻撃での連続居合。
動作も素早く隙が無い。
次手の攻撃を読み、往なされる方向などを直感から判断して流れる様に居合へと変更する。
納刀を必要としなくなった居合術。
沖田川が生涯をかけて編み出した最高峰の居合術である。
彼は若いころから研ぎを学び、刀を手に取ってその切れ味ばかりを確認していた。
研いで斬り、研いで斬るを繰り返し、二つ胴もこなせる程の技と研ぎの技術をも身に着けていた。
だがそこでふと思う。
もっと素早く抜けないものだろうかと。
そこから長きにわたる修行が始まった。
どうすれば居合をもっと素早くできるか。
どの様に抜けば、どの様に斬れば、どの様に力を入れればいいのかをただただ考えた。
研ぎに集中するほど精神の鋭さが増す様に、考えれば考える程、試せば試す程その技術に磨きがかかった。
誰しもがその技術に称賛を送るほどに卓越した技術を有しながら、彼はまだまだだと言い続けていた。
まだ速くなる。
もっと速度は上がる。
それこそ、淀んだ空に一瞬の光が瞬く雷の様に。
雨が降り、雷がゴロゴロと鳴る中で沖田川は一刻道仙を握っていた。
境地に至るにはどうすればよいか。
雷の様に素早く敵を斬り伏せるには何が足りないのか。
ヒュバッ!
降ってくる雨を切り裂いた沖田川。
如何に抜くか、如何に斬るか、如何に踏み込むか。
そればかり考え境地へと歩みを寄せた沖田川は、いつしか……鞘は握っていなかった。
雷閃流極地、虚鞘抜刀術。
沖田川が考案した、居合の境地である。
「はぁっ!!」
「くっ!」
上下二連撃。
木幕の葉返りよりも遥かに速い速度での斬撃だ。
沖田川はただ刃を振っているわけではない。
これは虚無の鞘を生み出してどの方向からでも居合をできるようにする技。
故に、その軌道も本当に鞘があるかのような動きをするのだ。
その為の左手。
添えたところから切っ先までを撫でての抜刀となる。
その連撃だ。
到底往なせるはずもない。
木幕は三度の振りに一撃を喰らってしまう状況に追い込まれる。
まだ軽傷ではあるが、これが何度も続けば流石に致命傷を負いかねない。
力で押そうものなら、彼の体の使いこなしで受け流され、手数で押そうものならそれを上回る連撃で相殺される。
夢の中で戦った西形とは全く別の脅威の剣筋。
参考になど全くならなかった。
「葉流れ!」
「虚の雷鼓!」
上段からくると見せかけて横に斬る技を糸も容易く弾かれた。
斜め上からの上下二連撃だ。
ここまで来ると動きを全て見透かされているような気がしてならない。
「木枯し!」
「一文字雷閃!」
「枝打ち!」
「雷門!」
下段からの攻撃を横に弾かれ、中段からの突きを叩き落される。
節々からくる激痛と、筋肉疲労によるだるさ。
次第に体が重くなっていく中でも、彼らは技を出し続ける。
「新芽!」
「虚の左文字!」
「樹雨!!」
「横二文字!!」
突き技を左という字を模しながら斬る技で封殺しようとしたが、樹雨でその攻撃を一つ一つ弾いていく。
書き終わった後に左右二連撃を繰り出したが、それを回避で躱して上段から切っ先を向けて振り下ろす。
「虚の
「発芽ぁ!」
大という文字を反対にして書きながら斬り、その攻撃を防いだが、流れに乗じて突きが繰り出される。
「間潰し一せっ! げほっ!」
大きく足を踏み込んだ瞬間、沖田川の体の中で激痛が走った。
足、腕、更に肺と喉と腰。
既に彼の体は……限界だった。
「倒っ! 木ぅああ!!」
渾身とも言える斬撃が、沖田川の肩を切り裂いた。
大きく踏み込んで止まった彼の体に刃が食い込み、脇を抜けて地面に突き刺さる。
感情と力に任せたぶれっぶれの一撃。
骨の関節ではなく骨を両断したその刃は、一切の刃こぼれを許してはいかなった。
それは沖田川の一刻道仙も同じである。
ゆっくりと地面にしゃがみ込む沖田川の意識はまだあり、最後は自分の力で横になる。
無くなった腕を見た後、残った腕で腰にあった鞘を自力で抜いて、ぎこちないながらも一刻道仙をゆっくり納刀した。
「げほげほっ……ケホッ……はぁ、はぁ……」
「ぜぇ……ぜぁ……はぁ……っ……はぁ……」
両者とも息も荒く、木幕は膝をついて息を整えている。
まだ上では刀を交える音が聞こえていた。
だが数が少なくなっているように思える。
向こうももうそろそろ終わるのだろう。
結果としては勝ったが、これは沖田川が隙を見せたところが大きいだろう。
あれが無ければ木幕は斬られていたはずだ。
だが相手の体調を考えての立ち合いなど、失礼にも程がある。
刀を向けて来たのであれば、己の持てる全力を相手にぶつけなければならない。
しかし木幕は槙田や水瀬の様に終わらせる気はなかった。
沖田川に聞いておかなければならないことがあったからだ。
「約束は……なんだ……!」
「……はぁー……。知らず内に手加減されておったか……」
「早く答えよ……!」
「けほごほっ……。そうじゃのぉ」
上で刀を交える音が止まった。
そして子供の泣き声が聞こえてくる。
どうやら向こうも終わったようで、バタバタと走り回っている様だ。
その後、大きなため息をついてから考えていたことを木幕に言う。
「スゥを……連れて行ってくれぬか」
「……スゥを? 子供だぞ。このような血生臭い戦いに連れまわせと言うのか」
「そうではない……が、そうなるの。あの子は剣術に優れておる。お主はしっかりとした弟子を取るのじゃ。レミ殿は……お主の弟子にはなれぬからな」
これは沖田川が二人に会った時から思っていたことだ。
薙刀を見れば分かる事である。
木幕の剣術は自分の好きなように技を作ることのできる物だ。
言ってしまえば成長する剣術。
定まらない形を自分の好きな様に決めていくことができる物ではあるが、レミはそもそも薙刀の在り方を知らない。
同士に木幕もそれを知らないのだ。
「お主はまだ、女を戦わせるのを認めてはおらぬのじゃな。だから自分の知っている剣術を教えない様にしたかったのじゃろう? じゃが身は守ってもらわねば困ると、基礎だけは教えた」
「……」
「良い良い、それで良い。優しいではないか……。じゃがそれは……お主の甘さ。嫌悪だ。刀を交えて分かったわい。それに……」
優しそうな笑顔を向け、沖田川は呟く。
「旅は道連れ世は情け。心強い友となり……助け、助けられる……仲間となれ」
持ち上げていた首を地面に落とし、大きなため息をついた。
心なしか息も浅くなっているような気がする。
子供を連れてるくのは、なかなかに勇気のいる事だ。
だが、約束を破ることはできない。
「相……分かった……!」
「ほっほ……。そろそろ……か」
そこで、バンッと屋敷の扉が開け放たれた。
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