4.57.正々堂々真剣勝負
木幕の放った本気の圧は、沖田川ですら目を見張るものだった。
自分他者から見れば双眸のない髑髏の顔が睨んでいると思われるのだが、彼の圧はもっと大きなものに睨まれている錯覚が呼び起こされる。
それが何かは分からないが、彼の剣術は成長する剣術。
己の好きなように技を見出し施行する。
沖田川からはまだ成長途中の巨大な何かが、揺らいで後ろに座っているように見えた。
両者の間合いは全く縮まらない。
相手がどのような動きをしてくるか分からないのでこうして牽制し合っている。
上からはまだ戦っている音が聞こえている為、まだ勝負の時間はあるだろう。
木幕は中段に構えたまま、相手の攻撃を伺う。
構えから攻撃方向が分かると思ったのだが……沖田川の構えは独特だった。
まず腰から鞘を抜いて構えており、一刻道仙は横を向いている。
これであれば横か上かという選択に分かれるのだが、どうにも右手の構えがおかしい。
柄に右手の中指と親指だけを付け、他の指は浮かせている。
だが小指は柄頭の方へと向いている為、すぐに握って攻撃をしてくる構えであるという事は理解できた。
こちらが一歩でも動けばすぐに刃を抜いてくるだろう。
居合は待ちの構え。
相手が攻めなければ抜刀は出来ない。
だから攻めあぐねてしまう。
「葉我流剣術、一の型……発芽!」
足を踏み込んで一気に間合いを詰めた木幕は、沖田川の間合いに入った。
その瞬間、横にしていた一刻道仙を手首で持ち上げ正手の状態から抜刀。
上段からの攻撃だと気が付いた木幕は、待ちをしていた彼の斬撃の方が速い事に気が付いてまずはそれを防ぐ。
キャイン!
素早い斬撃。
威力はあまりなかったが、研いだばかりの日本刀だ。
掠っただけでも肉が裂ける可能性だってある。
しかし、抜刀したことで次の一手が打ち込めるはずだ。
木幕はもう一つの技を叫んで刃を沖田川に向ける。
「二の型、新芽!」
弾いた後からすぐに構えを変えて切り伏せる。
ギャン!
沖田川はそれを片手で受けた。
両手と片腕では力の差は歴然であり、すぐに押し通して斬ってしまうように思えたが……。
両手で持っているはずの木幕の刃は、片手で持っている沖田川の刀に阻まれて動かなかった。
「なに!?」
「……」
月明かりの中でみる沖田川の腕。
老人とは思えない程の筋肉量、手首、肩、腕の力。
片手による不利となる状況をそれだけで解決していた。
一体どれだけの鍛錬を積んでいたのか。
自分の弱点をここまでの力技で解決する者などいないと思っていた。
しかし彼は、筋肉の力でそれを支えているわけではない。
どうしても老いには勝てない為、その体の使い方で力を補助をしていたのだ。
重要となる場所は肩。
そこから体を横にして受けている重さを腰に逃がす。
持ち上げている腕に力を入れ、体幹でその重さを常に受け流していた。
だが持続力はあまりない。
すぐに葉隠丸を弾いて間合いを取る。
今の動きに驚いてしまった木幕は前に踏み込むことができなかった。
だが納刀には時間がかかる。
すぐに下段からの斬り上げに変更して突撃するが……。
「雷閃流……」
沖田川の一刻道仙は既に納刀されていた。
その動きを見ていた木幕は、彼が刀身のほとんどを空中で納刀しているように見えていた。
鍔元から納刀するのは時間がかかる為、仮想の鞘を作って素早く納刀したのだ。
それに気が付いた木幕だったが受けの反応はもう出来ない。
すぐに沖田川の攻撃が飛んでくる。
「戻り蜂」
人差し指を立てた状態で抜刀。
上からの攻撃となる。
流石に避けきることは出来ず、服を着られてしまった。
すると、沖田川は手の中で柄を回転させ、逆手持ちになって納刀してしまう。
そんなに器用なことができるとは思っていなかった木幕は、流石に距離を取って相手の攻撃を避ける。
「雷閃流横一文字」
ヒュゥ!!
風を切る音が木幕の眼前で鳴る。
素早過ぎて防ぐことができないのだ。
軌道から来る方向は予測できるが、流石は居合術。
これ程にまで素早い居合はなかなかお目にかかれない。
そして納刀が早過ぎる。
彼の強さは一撃の素早さではなく、納刀の速度にあるのだろう。
「ほっほ……どうじゃ?」
「これまた中々……攻めにくい」
「まだ本気じゃないんじゃぞ? 体はもつかえ?」
「フッ、それは某も同じこと」
木幕は構えを変る。
「葉我流剣術、葉返り」
ばっと踏み込んだ木幕は八双の構えより上段から斬り伏せる。
この構えであれば横から斬られても対処できるはずだ。
沖田川もすぐに柄を握り、抜刀する。
「雷閃流、横二文字」
ギャンキン!
双方の二連撃が火花を散らして混じあった。
どちらの剣も弾かれた瞬間、木幕が足を踏み込む。
「葉我流剣術、枝打ち!」
「んぐっ!?」
柄を沖田川の腹部へと押し込み吹き飛ばす。
打撃などで致命傷にはなっていないし、当たる瞬間に力を入れたようなのであまり攻撃としての威力は無い。
だがその老体には随分と効いてしまったようだ。
そしてそれを見逃す木幕ではない。
次々に連撃を仕掛けていき、納刀させないことを念頭に置く。
「葉我流剣術、樹雨!」
小手先の力を使っての連撃。
沖田川も何とかその攻撃に耐えているが、腹部の痛みが堪えている様だ。
そのまま押し切れるかと思ったが、流石に甘くはない。
一瞬の隙をついて沖田川の刃が真横を通る。
それを何とか防いで一度距離を取った。
木幕はまだまだ動けるが、沖田川に今の動きは厳しかったようだ。
少々息が上がっている。
「ふぅー……。流石にもう納刀はさせてくれんのぉ」
「……」
「では……」
沖田川はおもむろに鞘だけを腰に帯刀した。
そしてそれを後ろに回し、そのまま構える。
「雷閃流極地居合……
鞘に納刀せず、沖田川は腰を落として構える。
左手の人差し指をギュッと曲げ、そこに刀身を置いていた。
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