4.53.研磨


 夜も更けてきた。

 屋敷に戻っていた木幕とレミは、買い物と売った金額にとても満足していた。


 魔法袋は魔道具屋で買うことができたが、やはり高価な物だ。

 金貨が三十枚飛んでいった。

 今となってははした金なのだが、流石にここまでの金額が必要だとは思っていなかったのだ。


 とは言えようやくギルドから借りていた魔法袋を返却できた。

 だが、その時の受付嬢の対応には驚かされてしまった。


 実はバネップがギルドに対して苦情を申し立てていたらしい。

 本来であればギルド職員が持ってくるはずだった鉱石を冒険者に持ってこさせたという事。

 これはギルドの中で依頼品の確認を怠っていたという事になり、どうして冒険者の証言を信じてやらなかったのだとバネップ本人が乗り込んできたのだとか。


 そこまでしてくれなくても良いとは思ったのだが、そのおかげで冒険者登録の破棄は真逃れていた。

 本来であれば魔法袋は依頼書を返却した時点で返さなければならない所だったが、中にまだ鉱石がある状態で返しては元も子もなくなってしまう。

 それ故に一つ軽い口約束を一方的にして持ち去ったが、随分と問題のある行動だったらしい。

 今後は気を付けよう。


 しかし、ギルドに入った瞬間に町中に響くほどの謝罪をあの受付嬢から聞いた時は、流石に耳を塞いだ。

 あそこまで大きな声が小娘から出るものなのかと驚いたほどである。

 とは言え誤解も解けたのでそれ以上謝るのは止めてもらった。

 耳が痛くなるからである。


 とまぁ、今日外であったのはこれくらいなものだ。

 午後の余った時間は稽古に費やし、夕食を取ってから静かな時間を過ごしている。

 だがこうしているのも暇なものだ。

 ふと木幕は葉隠丸の様子が気になったので、沖田川のいる小屋へと赴くことにした。


 小屋に近づくにつれて、研ぐ音が大きくなっていく。

 壊された扉を横目に、中に入ると蝋燭とカンテラの明かりを頼りに日本刀を研磨している沖田川の姿が目に入った。

 どうやら既に仕上げの段階に入っている様で、クオーラ鉱石に青い砥粒を撒いて一定の間隔で動かしている。


 仕上げは日光が無ければ無理だと言っていたが、どうやらこの砥粒は青く輝いて日光の役割を果たしてくれているらしい。

 お陰で夜中でもずっと研ぐことができる様だ。


 確かにその青い光は小屋の中を照らし続けている。

 刀身は青く輝き、砥石にしている大きめのクオーラ鉱石も水を吸う性質があるのか段々色が変わってクオーラウォーターになり始めていた。


 これを見て、クオーラウォーターは壊れたクオーラ鉱石が水を吸って出来る物なのだと推測できる。

 もしもそうなのであれば、今砕いているクオーラ鉱石を水に漬けておけばもう少し価値が上がるだろう。


 シャッシャッシャッシャ……。

 シャッシャッシャッシャ……。


 砥石から日本刀を離し、刃の反りとその輝きを見る。

 暗闇の中で輝く青い刀身と、それを見る職人はその姿だけで芸術とまで呼ばれるほどの神々しさを醸し出していた。

 声を掛けてはいけないと、素人ながらにそう思えるほどだ。


 研ぐ度に輝きを増す葉隠丸。

 今までにこのような輝きを見せたことはなかった。

 それはこの青い輝きがなくても同じことだ。

 沖田川が研ぐからこそ、この輝きが生み出されている。


 主人がどのような技を使い、どの様な者を切り伏せ、断ち、切り、穿ったか。

 それが手に取るように伝わってくる。


 シャッシャッシャッシャ……シャッ。


「コヒュー……フフフフッハッハッハッハ」

「できたか?」

「うむ!! もう暫し待つのじゃ!」


 砥石を脇に置き、葉隠丸についている水分を丁寧に拭い取る。

 置いてあった柄を取り、その中に茎を入れてトントンと手首を叩く。

 鯉口、鍔などの部品を一つ一つ入れていき、ブレが無いかを確認。

 最後に目釘孔に目釘を差し入れ、コンコンと金物で叩いてその姿を目に焼き付ける。


 目にしっかりと青い輝きを落とし込み、日本刀の美しさに小さく頷いた。

 そしてようやく鞘を手に取り、静かに納刀。

 横になった日本刀を両手で持ち、主人である木幕へと渡す。


「確かに」

「良い仕事ができて満足じゃ……」


 木幕と沖田川は、自分の得物を腰に差してから小屋を出る。

 既に月は高く上がっており、屋敷の中の光も消えていた。

 随分と遅い時間になっていたらしい。


「満足いく仕事もできた。子供たちももう大丈夫じゃろう。後はライアが継いでくれる」

「……」


 神妙な顔をしてそう言う沖田川は、ようやく決心がついたようだった。

 どちらが死んでもこの子たちにとっては悪い結果にはならないが、そうしなければならない理由がある。


「やるか?」

「……うむ。そうし──!」

「!!」


 沖田川が言葉を切ってバッと行動した。

 左手を前に広げ、前に出す。


「ぬぅ」

「沖田川殿!」


 広げた手の平には一本の針が突き刺さっていた。

 幸い左手だ。

 沖田川の戦闘態勢には何ら支障がない。

 毒も塗られていないようなので、すぐにそれを抜いて腰を落として構える。

 木幕もそれに続いて抜刀。


 すると、わらわらと黒い服を身に纏った者たちが草むらから出現する。

 二人は既に囲まれている様で、他にも兵が屋敷の中に入っていくのを確認できた。


「マズい……」

しゃったのぉしまったなぁ……。針が飛んできてから気配に気が付いてしもうた。老いたか?」

「案ずるな。既に老いておるわ」

「言いおる」


 この状況……どうしてこうなったかは分からないが、ひとまずは目の前の敵に集中するしかなさそうだ。

 中にいる子供たちが心配だが……レミとライアに任せるしかない。


「頼んだぞ弟子共。敵襲ーー!!!!」


 そう叫び、木幕と沖田川が完全な戦闘態勢に移った。

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