4.48.稽古③


「……」

「……」

「エンリル。お主剣術は向いておらん」

「……」


 あからさまにショックな表情をして萎んでしまうエンリル。

 だが仕方がないのだ。

 どれだけ指導しても一向に改善できる気配が見えてこない。


 さてはて、これはどうしたものかと考えてはいた。

 そこで弓術はどうだろうかと思いついた。

 だが残念ながらそれを教えれる者はいないし、一番大切な弓もない。

 これは困ったと思って頭をひねっていたのだが、突然エンリルが手の平に何かを出現させた。


「これは?」

「……水」


 それは見たらわかるのだが、どうしてこんなところに水かあるのだろうか?


「ああ、思い出した。魔術という奴か」


 それを聞いて、エンリルは小さく頷く。

 この世界の住民は無手でも戦える武器を持っている。

 木幕にはそれが何か良く分かってはいないのだが、奇術に匹敵する程の強力な物が殆どだろう。


 それを見ていたライアがやって来て、驚いた様子でエンリルの頭を撫でる。


「エンリル君は魔法が得意だったのか」

「……」


 また小さく頷いたエンリルは、炎と風、水の塊を展開させた。

 どれも丸い形状を取っていて分かりやすい。


「んー、これなら剣術より魔法を覚えさせた方が良いですね……」

「その知識は某にない。誰か居らぬのか?」

「そうですね……居ないです」


 まぁそう簡単に事が進むわけがない。

 しかし、剣術は少しでも覚えておいた方が良いのは間違いないはずだ。

 遠距離で戦う者は近距離戦にめっぽう弱いというのは何処の世界でも同じ。

 とりあえずエンリルを教えてくれる人物が見つかるまでは、剣術を学んでもらうことになった。


 さて、最後はヨークだ。

 彼もエンリルの様に寡黙ではあるが、喋らないという事はない。

 物静かな子供だという印象だ。


 そして、ヨークに教えることはほとんどなさそうだ。

 一つ一つの動きを丁寧に確認しながら木刀を振っているし、その集中力もなかなかの物だ。

 動きは遅いが、今はそれでもいいだろう。

 ゆっくりでも丁寧にしていれば、自ずと身につく物である。


 もしかすると、ヨークはレミと同じかもしれない。

 そう思った木幕は、ヨークに話しかけて二連撃を繰り出してみよと言った。


「に、二連……? どうやって……?」

「まずは普通に上から斬り下ろし、すぐに刃を翻して上に斬りこむ。このように」


 木刀を借りて、二連撃を繰り出す。

 二度の踏み込み、二回の斬撃。

 今の動きだけで出来る様になれば立派な物だが、果たしてどうだろうか。


「はっえいっ!」


 ヨークは一度の踏み込みで二度の連撃を繰り出した。

 先程教えた物とは全く違う動きであることに気が付き、後から足をもう一度踏み込んだが、流石にもう意味がない。


 だが悪くない速度だ。

 二歩踏み込むのは相手が逃げるときに使う為というのと、基礎を疎かにしない為の物だが、実際はこのように一歩だけ踏み込んでの二連撃でも問題ない。

 木幕の有する技、葉我流剣術肆の型葉返りもそれなのだ。


「ふむ、もしや……一本では詰まらぬか?」

「え? ……ど、どうでしょう……」

「どれ」


 ライアの持っていた木刀を借りて、ヨークに渡してみる。

 流石に子供の体格で二本はきついのか、腕が少し震えていた。

 だが物は試しという事で、とりあえず振らせてみる。


「どんな構えでもよい。好きにして見よ」

「は、はい……」


 すると、一本を中段に構えてもう一本は脇構えに構えた。

 できるだけ腕への負担を減らす為の構えである。

 だがとても様になっていた。

 彼自身もしっくり来たのか、軽く振って形を馴染ませようしている。


 だがやはり筋力が足りないのか、数回振っただけで木刀を地面に下ろしてしまった。

 腕が上がらない様だ。

 しかし、これで彼の方向性は決めることができた。

 後は自分次第だが、今は体作りに専念してもらうことにしよう。


 さて、大体の指導は終えた。

 後は彼らを見て間違っている所を修正してあげるだけだ。


「おはようございまーす……。凄いですね皆……」

「お、レミさん。おはようございます」


 レミが起きて来た様だ。

 しっかり薙刀も持っている。


「ふむ、良い機会だ。レミ、ライア。一つ手合わせをして見よ」

「「え!?」」

「子供たちに教えているのだから、自分たちの強さをしっかりと見せておけ。子供たち! 見取り稽古をするぞ! 一度集まるのだ!」

「「見取り?」」

「「稽古?」」


 集まってきた子供たちに、見取り稽古がどのようなものであるかを説明してから、レミとライアを立ち会わせることにする。

 アネッサはその言葉がなんとなく理解できているようだった。

 教えられる前から見て勉強していたのだから。


「と、いう訳だ。二人の動きをよく見ておくように」

『はーい!』

「っ!」

「「嘘じゃん……」」


 何とかして逃げようと画策していた二人だったが、もう既に無理であるという事を悟ってしまった。

 木刀を手渡されてしまい、逃げ場は完全に無くなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る