4.49.稽古④


「朝起きて素振り一本もしていないこの体になんていう鞭……」

「僕も未熟者と言われたばかりでメンタルが……」

「構え」

「「容赦がないっ」」


 今回はどちらも木刀だ。

 相手の動きを知るには相手の使う武器に理解があった方が良いのは明白。

 帯刀したまま目を合わせたまま礼をする。

 これは双方の師匠から教わった礼の仕方である。


「ライアさん……私ここで負けると本腰入れて師匠に叩きのめされるかもしれません……」


 ましてや師匠である木幕が見ている目の前での立ち合いだ。

 ここで負ければ絶対に修行のレベルが数段跳ね上がるだろう。


「負けてあげたいのは山々なのですが、あのー……小屋にいるはずの師匠の殺気がえげつなくて……」


 殺気というよりも集中力の塊が漏れ出しているだけなのではあるが、それでもすごい圧を感じていた。

 今のこの立ち合いは知らないはずであるのにも拘らず、その殺気からは絶対に負けるなよというメッセージが込められているような気がしてならなかったのだ。

 こうなってしまえば負けるわけにもいかない。


「師匠って笑顔でぶっ潰してくるから怖いんですよ……」

「私も容赦なく二回ほど頭叩かれましたね……これで」

「まだいいじゃないっすか……僕なんて知らない間に五カ所くらい骨が軋んだことありますよ」

「わー……。でも爆走した後に立ち会い稽古で頭かち割る方がやばいと思います」

「初め!」

「「恨みっこなしで!」」


 掛け声と同時に抜刀。

 レミは基礎である中段から間合いを詰めていき、ライアは腰に抜刀せずに腰を低くして居合の構えを取った。

 鞘のない居合術なので、本物には劣るがその集中力から放たれる一閃には気を付けなければならない。

 レミが初めて対峙する相手だ。

 どの様な結果になるか楽しみである。


 ダンッと地面を蹴って素早く駆け寄ったレミは、中段の構えのまま牙突を繰り出す。

 その瞬間、ライアは構えていた右手をピクリと動かし、柄をガっと握り込んだ。


「雷閃流、横一文字」

「ほっ!?」


 カコン!

 木刀がかち会ういい音が響いた。

 中段に構えられていたレミの刀は自身の左へと大きく弾かれ、切っ先があらん方向へと曲がってしまう。


 それを好機ととらえたライアは、すぐに両手で木刀を握って二連撃目を放つ。

 下段から掬い上げた木刀はレミの体に向かって直進していくが、レミも黙ってやられるわけではない。

 すぐに距離を取ってその攻撃を回避し、相手の攻撃が終わるか終わらないかのタイミングを見計らってもう一度跳躍。

 今度は上段からの切り込みに変更した。


 カンッ!

 ライアもすぐに立て直し、その攻撃を受ける。

 だが受けたはずのその木刀はずるりと下に抜け、刃をひっくり返して下段からの斬り上げに化けた。

 レミが得意とする攻撃の二連撃。


 一撃目をわざと軽く打ち、手首をしならせて刀を下段に落とし込んでからの本命の切り上げ。

 パコンと良い音が鳴って今度はライアの木刀がかちあげられる。

 だがかちあげられた木刀は振り降ろせばすぐに構えることができるし、何なら攻撃にも変更できる。


 焦ったライアはすぐに木刀を振り下ろし、レミに向かって攻撃を仕掛ける。


「待ってました!」

「うげ!?」


 レミはあえてライアが木刀を振り下ろすまで、自身の持つ得物を上段に構えていた。

 そして下段へと打ち込もうとしたところを見計らって、今度は半歩横に身を引いてそれを叩き落す。

 後は簡単。

 そのまま刃をライアに向けて、斬り上げる!


「っ!」

「ふぅー……寸止め成功……!」


 ライアの喉元に迫った木刀はビタッと止まる。

 それを確認した木幕が「そこまで」と叫び、この立ち合いは終了した。


 緊張の糸が切れたのか、それとも疲れたのか。

 ライアとレミはへなへなと膝を地面に付けた。


「よかったぁ~~~~……!」

「やばいこれはやばいどうしようまじでちょっと」


 今の事より後の事が気になって仕方がないライア。

 それを他所に小さくガッツポーズをして心底安心しているレミ。


 だがしかし、良い動きだったように思える。

 それに自分の弟子が他の弟子に勝つというのはなんとも嬉しい物だ。

 木幕も何度か頷いて満足していた。


「もう終わり?」

「良く分かんなかった」

「えー! 今のレミ姉さんすごかったじゃん! ライア兄さんのは良く分かんなかったけど……」

「ふぐぅ!?」

「レミ姉ちゃんすげー!」

「ライア兄ちゃんかっこ悪ーい」

「がはっ……」

「ライアさん!?」


 ライアに言葉の矢が突き刺さる。

 今の立ち合いで子供が学べることは確かに少ないかもしれないが、戦闘とはこうあるべきものなのだ。

 勝負は一瞬。

 数分に及ぶ長い戦いなど、殆どないはずである。

 この世界ではどうか分からないが。


 だが子供たちはライアの事をあまりいいようには言っていないが、木幕としてはあの一撃は良い速度を出していたように思える。

 現にレミが反応できなかったのだから。

 もっと踏み込んでいれば、あの一撃でレミを負かすことも出来たはずである。


 まぁ相手が女性だからと無意識のうちに油断したか、それとも……。


「覚悟が足りんかったか」

「ぐは……」

「ちょっと!? ライアさーーん!?」

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