3.32.戦う理由


 大きな声の後に飛び出してきたレミは、木幕と水瀬の間に割って入る。

 二人が動かないことを確認した後、また大きな声で叫ぶ。


「も、もういいじゃないですか! 犯罪者は既に倒れましたし、これ以上戦う必要なんてないでしょう!?」


 レミには未だ理解できなかった。

 どうして手を取り合ったもの同士が戦い合わなければならないのか。

 西形は死んだ。

 協力したもの同士、手を取り合って行けば何か変わる。

 そう思わずにはいられなかったのだ。


 二人が殺し合わなければならない理由も、理解できない。

 戦い、また美しい物が壊れる所は見たくなかった。

 それはレミにとっては我儘な事なのかもしれない。


 神がそうさせたというのであれば、頷くことも出来たかもしれないが、今は出来なかった。

 レミは、呪い子、そして槙田の死を見て、神が何故彼ら彼女らを殺し合わせるのか分からなくなっていたのだ。


 今までは、神の言う事は信託としてストンと胸の下に落とし込めていたのだが、これまで木幕に付いて回って考えが変わった。

 変わりざるを得なかった。

 だからこそ、この戦いの意味が分からなくなっていたのだ。


 神がそうさせることを強要するならば、何故彼ら彼女らはそれに従っているのだろうか。

 いつでもそれを反故にする事などできるはずである。

 彼ら彼女らはあまり神に深い執着を持っているようには思えない。

 だから、やろうと思えばそんな信託などすぐに破り捨てることができたはずだ。


 なのにしない。

 今までと同じ様に、ただただ目の前にいる敵として見ている。

 そうしなければならないという、暗示を変えている様にも見えた。


「私はこの戦いに意味は無いと思っています。ですからどうかお二人とも剣を仕舞ってください……」

「……レミよ。それは出来ぬのだ」

「ど、どうしてですか!?」

「……行雲流水」


 水瀬が一言そう呟くと、ひんやりとした空気が周囲の漂い始める。

 隠しごとをする為に使用するものだ。

 この結界により、三人の声は外部に漏れることは無い。

 それは、神にも。


「レミさん。分かりませんか?」

「……分かりませんよ……」

「できれば自ら気が付いてほしかったが……こうなってしまえば言うしかあるまいな」


 一つため息をつき、木幕は告げる。


「神を殺す為だ」

「……はっ?」


 何を言っているのか理解できなかった。

 一拍遅れてようやく出た言葉も、更に詳しい説明を要求するための一単語。


 できるはずがない事を、彼は当たり前のように言い放つ。

 その言い方は、神を殺すことが出来ると確信している様な力強さがあった。


「無理だと思いますか?」

「……はい……とても、信じられません。相手は神ですよ? どうやって神の元に行くんですか……? 無謀ですよ……。そんな無謀なこと辞めて、この世界で普通に過ごせば……」

「それは無理だ」

「どうして……」


 あの神は、暇つぶしの為に十二人の侍をこの世界に転移させた。

 自分たちにはそれしか告げられていなかったが、これが初めてのことであるとは思えない。

 という事は、神は昔にも同じような事をしたはずである。


 木幕たちが何もしなければ、また意味のない戦いが神によって引き起こされてしまう可能性があった。

 槙田はただ戦いを楽しみたかっただけかもしれないが、木幕、水瀬、西形はそうではない。


 木幕は神に会った時からこの事に気が付き、旅をしはじめた。

 西形は姉を巻き込んだ女神を許せず、この世界をそもそもから壊そうとした。

 水瀬も弟と殺し合いになるという事を想定しており、どうにかして止められないかと思案した。


 三人共動機こそ違うが、この繰り返される無駄な戦いを根本から叩き直そうとしていたのだ。

 そして、木幕と水瀬が導き出した答えが、“神を殺す”事である。


 レミの言う通り、神に手が届くとは思えない。

 だが、奴は接触してきた。

 そうであれば何かしらの手段は講じられる筈である。

 どうなるかは分からないが、恐らく、もう侍を全員倒さなければ神に会う事は出来ないだろう。


 だからこそ、殺し合わなければならない。

 どうしても仕方がない事である。

 そして勝った者が、神に手が届く。

 なんの手段も、策も、考えもない無謀なことかもしれない。

 もしかしたら協力できるかもしれないが、女神と会う方法が他十二人の侍を倒すことであれば、まずはそれを実行しなければならない。


 その間に、何か策が講じれるだろう。

 この世は木幕が居た世とは勝手が違うのだから、どうにかなる可能性もある。


 レミはその説明を聞いて、驚きを隠せなかった。


「……と……ということは……。やはり女神ナリアの信託は……」

「暇つぶしの駒を納得させるだけの、戯言である」


 神を信じ続けていた者が、この答えに辿り着くことはできなかっただろう。

 レミの考えていた、神の信託は正しい物かという疑問。

 それは、間違っている。

 その答えが容赦なく突き付けられた。


 確かに怪しいとは思っていたが、神がまさかそんなことをする訳がないという考えが頭の片隅には残っていた。

 今まで染みついた習慣、信じ続けていた物が崩壊する事は、相当なことが無い限り覆らない。

 そう簡単には信じられなかった。

 だが、木幕と水瀬の説明は納得をせざるを得ない物ばかりだ。


 神がこんな事をするわけがない。

 ましてや犠牲者を出して楽しみ暇つぶしなど。

 そんな考えを消し飛ばしてしまう程の説得力。


 自分の知らないところで、昔も、今も、もしかすればこれからも続けられるかもしれない。

 そう、知ってしまった。

 気が付いてしまった。

 いくら神とは言え、悪戯に人の命を弄ぶことはレミとしても納得できるものではない。


「……どうしても……どうしても戦わなければならないのですか……」

「ごめんなさいね。この世界に疎い私たちは、それしかすることができないの」

「策の一つでもあれば、また変わるのやもしれんがな。それに……」


 しかし、この二人にとってそれは建前。

 本当は……。


「「強者と戦うのも、また面白い」ですから」


 木幕は放心しているレミを隅に連れて行って座らせた。

 そして戻り、間合いを取る。

 お互いが構えた瞬間が、戦闘開始の合図だった。

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