3.31.見捨てられた
西形は大きく踏み込んだが、ドンという音が鳴ることは無かった。
代わりに、普通に踏み込みダン音が鳴る。
「ぐふ……」
槍を前に突き出した状態で吐血する。
粘っこい液体が、地面にボトボトと落ちた。
西形は奇術を使ったはずだったのだが、一歩しか踏み込めていなかった。
激痛により身を縮こませる。
何故奇術が発動しなかったのか分からない。
大怪我を負って体は激痛に耐えていたが、狙いは確かに正確で木幕の喉を狙っていたはずだ。
奇術が発動しさえすれば、刎ねれていた。
「何故……っ」
槍を杖にし、腕に力を入れて足の負担をできるだけ軽減する。
もう立っているのがやっとではあるのだが、まだ倒れるわけにはいかない。
気力だけが、今の西形を支えていた。
その様子を見た木幕は、静かに呟く。
「……見捨てられたか」
「……?」
木幕が何を言っているのかよくわからなかったが、次の瞬間持っている槍がガクガクと揺れ始めた。
これは自分の体重を支えれなくなって、ただ腕が震えているだけなのだが、その時は全く別の声が聞こえて来た気がする。
『弱すぎる』
そんな声が、槍から聞こえた。
明らかに幻聴だ。
分かってはいた事なのではあるが、どうしてもその言葉が胸に引っ掛かる。
自分が弱い?
この世界に来てまともな抵抗を見せたのはこの木幕という男だけだ。
他はすべて一撃で狩ることができていた。
だというのに、この槍は自分のことを弱いという。
今回は相手が悪かっただけだ。
もう既に助かる命ではないだろうが、死ぬ前に一矢報いなければ自分の自尊心が許さない。
自分は弱い存在ではないはずだ。
明らかに刃の通らない甲冑を貫き、多勢を一振りで御し、死ぬまで斬られたことに気が付かない程の槍術で屠って来た。
それなのに……なのに……。
『弱い。仕える主を間違えた』
そんな声が、槍から聞こえてくる。
震えにより動かされる槍は、今すぐこの汚い手を放せと言われているような気すらした。
「まだやるか」
「っ!」
木幕の声で、その幻聴はかき消えて現実に引き戻された。
気が付けば腕は震えておらず、しっかりとその両手で握られている。
先程の声を振り払う様に頭を振り、体勢を立て直す。
それが木幕の問いに対する応えであり、すり足でにじり寄る。
もう既に満身創痍である為か、痛みは消えてきた。
なるようになれ。
そんな適当な考えで、槍を下段に構えた。
「フゥ……フゥ……」
呼吸を一定に、突く場所に狙いを定め、槍を握りしめる。
下段から掬い上げる様に突き上げ、左足で地面を蹴って喉元目がけて思いっきり突いた。
声を出す余裕もないが、これが西形の一閃通し。
一手目は木幕の刀に払われるが、すぐにそれを引き戻して今度は横に薙ぐ。
穂先を左下から右上に叩き上げる様に振るい、打撃を喰らわせる。
だが、それも簡単に払われる。
「ぐっ……!」
足に力が入らない。
目ももう霞んできている為、なんとなくで槍を振るっているに過ぎない。
それでも突く。
相手はぼやけているが、場所さえわかれば突くことは容易い。
槍を持つ場所を微妙に変えて、攻撃範囲を惑わせる。
次第に音も聞こえなくなってきたが、手に伝わる感覚で未だ戦えているのだと安心した。
突く、突く、払う、突く。
幾度となく払われるが、それでも突く。
まだ許されていない。
かの御仁を突くには、その技量を認められなければならない。
許しを請うまで、ただただ突く。
突く。
突く。
つく。
つく……。
つ……く。
(……木幕さん、何驚いているんですか。そんなんじゃ隙を見せてしまいますよ?)
「……なんだ、やるではないか」
「──」
西形は、もう立っていなかった。
倒れたまま妄想の中で木幕と戦っている。
木幕は葉隠丸を西形の心臓に突き刺し、すぐに抜いた。
放っておいても死ぬだろうが、それよか誰かに止めを刺される方が、彼にとっては良いだろうという考えだ。
軽く血振るいをし、納刀する。
水瀬の方を向いてみれば、笠で顔を隠したまま静かにしていた。
しかし、いつまでもそれでは困る。
今度はこちらの番なのだ。
「水瀬、よいか?」
「……はい。始めましょう」
笠を被ったまま、水瀬は二振りの日本刀を抜き放つ。
構えは左脇構え。
正手に持った二振りの日本刀は、刃を地面に向けて刀身を隠すように後ろに隠れていた。
対する木幕も抜刀し、中段に構える。
笠で表情は伺えなかったが、明らかに剣士の目をしているのは雰囲気で分かった。
相手を読み、動く。
足を一歩双方が踏み込んだ瞬間。
「ストーーップ!!」
「……」
「……」
レミの大声が、その戦いを一度制した。
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