3.33.正々堂々真剣勝負
中段に構えたままの木幕。
そして左脇構えに構えた水瀬。
二刀流である水瀬は脇構えではあるが、刀身は全て隠しきれていない。
右手に持った刀身は少し見えている。
これでは脇構えに意味がないと思ったが、彼女の流派はそう言うものなのだ。
意味がない構え、動きなどという物は無い。
無駄があるかないか、それだけこの事。
木幕としても二刀流の相手は初めてだ。
どの様な攻撃が飛んでくるかはなんとなく想像がつくが、いざ対峙してみるとここからどう動くのか分からないことが多い。
脇構え故に、下段、真横からの攻撃が主な物だとは思うのだが……。
「スッ、ヒュッ」
息を吐いたと同時に水瀬はすり足で近づき、双方の日本刀を真横から振り抜く。
簡単な攻撃だ。
避けるのは簡単だが、相手はか弱い女性だ。
攻撃を受けて弾けば、すぐに体勢が崩れる筈。
そう思い、木幕は攻撃を葉隠丸で受ける。
ギャン!
手応えが弱い。
動き、力の入れ方から見て水瀬の渾身の一撃だと思っていたのだが、それにしては威力が弱かった。
「ヒョウュ」
「!」
次の瞬間、刀が抜けた。
というのは、水瀬が片腕の手首の力を弱めて右手に持っている日本刀だけを振り抜いた。
両腕の攻撃ではなく、片腕の攻撃となったのだ。
だからここまで水瀬の攻撃が弱く感じでしまったのである。
そのまま、水瀬は反対側からハサミで切るように日本刀を戻してきた。
その攻撃速度は、異常に速い。
すぐに一歩下がって、受け止めている刀を巻き込むようにして、木幕の左側から迫ってくる刀を弾き飛ばした。
ギリギリだ。
水瀬は弾かれた勢いを利用して、回転しながら後方に下がる。
間合いを取ってふと考える。
女性が二振りの日本刀を、あそこまで軽々と扱えるはずがない。
となれば……考えられることは一つ。
「……忍び刀であるか……」
「やっぱり分かりました?」
忍びの使う刀と言えば、直刀をイメージするかもしれない。
だが、実際は違う。
日本刀は刀身の方に重心があり、忍び刀は手持ち、つまり柄の方に重心があるのだ。
それにより、忍び刀は日本刀より遥かに攻撃力が弱まるが、その速さは圧倒的に日本刀を凌ぐ。
火力が出ないのであれば、手数で押して出る。
自分の弱点を知っている証拠であった。
だが軽いのであれば、軽々弾ける。
今度は受けるのではなく、弾いて反撃に出ることにした。
「葉我流剣術、壱の型……発芽」
中段の構えより突きを繰り出す。
水瀬はそれを強く弾こうと双方の日本刀を力強く振るうが、この型は発芽を模している技。
邪魔な土を避けて大地に出現する。
であれば、邪魔されるのはよろしくない。
水瀬の攻撃方向に刃を向け、その攻撃を耐え凌ぐ。
勢いそのままに突きだし、水瀬の鳩尾を狙う。
だが、水瀬は刀を当てたと同時に体を横にずらした。
自分の方に刃が来ない様に、二振りの日本刀でしっかりを防いでいる。
それを待っていた。
「葉我流剣術、弐の型。新芽」
右手を引いて左手を前に出す。
刃が一気に木幕の所まで戻ってきて止まる。
それを確認したかしないかくらいの瀬戸際で、刃を下に降ろして下段からの斬り上げに転じた。
柄の位置がほとんど同じ位置にいる為、手首の返しだけでの攻撃になる。
相手の刃を躱して直接斬りつける技であったが、やはり二刀流には分が悪い。
また先ほどと同じ様に丁寧に躱されてしまった。
「水面流」
勢いを殺す様に回転しながら下がった水瀬だったが、次の瞬間弾き出されたようにして身を屈めて突っ込んできた。
下段に構えている日本刀は、彼女の肘が上へと向いたことにより上段からの斬り下ろしへと変わる。
「枝入り」
二振りの日本刀による上段からの攻撃。
攻撃自体は軽い為、すぐに弾こうとしたのだが……。
ギャンッ!
ギャギャギャギャッ!
一振りの日本刀は普通の斬り下ろし攻撃だったのだが、もう一振りは嫌な音を立てながら水瀬の横腹に戻って行った。
今木幕が防いでいる一振りの日本刀には、水瀬の体重がのしかかっている。
彼女は少し体を前に傾けているのだ。
持っている日本刀が無ければ、すぐに前のめりに倒れてしまうだろう。
木幕としてはすぐに攻撃を弾く予定だったのだが、急な攻撃の重さの変化により、判断が一瞬遅れた。
水瀬の横腹付近にに収まった日本刀が、腹部目がけて突かれる。
水面流、枝入り。
枝が水の中に着水するとき、スイーっと泳いでいくことがある。
この技は、三本の日本刀でその光景を模している技なのだ。
相手が受けた日本刀は、水面を模す。
打ち込んだ日本刀は水面が揺れる様を模し、横腹付近に引いた日本刀は枝を模していた。
「はっ!」
「っ!」
木幕は体を一気に左後ろへと引き、追いかけてくる日本刀を受けている日本刀ごと叩き落した。
今水瀬の日本刀は、地面に軽く刺さっており、葉隠丸はその上にいる。
手首を返して刃を水瀬に向け、一気に斬り上げた。
前のめりになってしまった水瀬は、真正面からの攻撃を受けることになる……。
はずだった。
「ほぉ」
一気に体を後ろに反らして、間一髪その攻撃を回避する。
しかし傘は斬られてしまった。
だがここで追撃が終わることもない。
木幕はすぐに刃を戻して上段からの斬り下ろしへと転じた。
水瀬の刃はまだ下にあり、攻撃を受けることはできても力の差から受けきることはできないだろう。
渾身の一撃を繰り出すつもりで、木幕は水瀬に日本刀を叩きつける。
ギャンッ!!
「ぬ!?」
「ヒュッ」
次に水瀬の取った行動は、降りていた日本刀を左から弧を描くように振ることだった。
辛うじて間に合い、力を籠めていた木幕の攻撃はいとも簡単に横へと受け流される。
だが彼女もこの体勢では反撃できない。
すぐにその攻撃の勢いを利用して後退した。
「……女性相手に、容赦ないですね」
「本気で行かねば、無礼だろう?」
「確かにそうです。にしても、器用な物ですね。私の水面鏡二振りを巻き取って枝入りを凌ぐとは……」
「お主も、小回りが利くではないか」
今二人は、互いに相手を分析していた。
水瀬の二振りの日本刀による手数、そして奇襲は尽く防がれた。
木幕も予想外の動きに振り回されている。
その事を遠まわしに口にする事で、自分に言い聞かせた。
これを攻略しなければ、相手に刃を触れさせることはできないだろう。
木幕は逆霞の構えを取り、切っ先を向けた。
対する水瀬は、左脇構えを解く。
「木幕さん」
「なんだ」
「悲しいですか?」
「……それはお主も同じだろう」
「……」
立ち合いの最中、そのような感情が刃を通して伝わって来た。
別に殺してしまうのが惜しいとか、そう言った悲しみではない。
立ち合ったのであれば、決着をつけたい。
そう思うのは、侍として、刀を持つ者として当然の感情であった。
では、今二人が感じ取っている悲しみとは一体何か。
「哀れな世よ」
「ええ」
この世界に対しての哀れみといった、感情であった。
本性を知らない者たちが集まったこの世界。
それを突きつけたとしても、理解などしてはくれない。
レミの様子を見ていれば分かる事である。
最後の最後まで信じようとしていた。
だが、今まで木幕と行動を共にしてきたが故に、辻褄が繋がってしまう。
理解したくないと脳が拒絶している様だ。
「……早く終わらせましょう」
「どっちをだ?」
「どっちもです」
水瀬はそう言うと、笠を捨てて先程とは全く異なった構えを取った。
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