3.20.Side-西形-今日を凌ぐ


 夕暮れに鴉の声が鳴いている。

 いや、ここは元の世界ではないので鴉ではないかもしれない。

 だが似たようなものだ。

 夕暮れ時に鳴いているのだから。


 この時間帯になると少し肌寒く感じてしまう。

 風が服の隙間を縫って地肌を撫でる。

 そうはさせまいと服の裾を閉じてみるが、残念ながら首筋から入る風は凌ぐことが出来ない。

 体を縮こませて寒さに耐える。


 薄手の服ではそろそろこの時期を過ごすのには適していないと思いながら、西形は街をふらついていた。

 移動だけするのであれば、自身の持っている能力を使えば一瞬で着いてしまうのだが、流石に見知らぬ土地で使いまわすのは避けたい。

 森の中で一度使用して木にぶつかった時は本当に死ぬかと思ったのだ。

 あそこまでの速度で何かにぶつかるというのは、痛いを通り越して感覚が無かった。 


 人が真に学びたるは痛みを知った時である。

 その言葉は西形を納得させるものに十分だった。


「さてと……。今日は何処で寝泊まりしようかな……」


 西形は宿の取り方が分からないので、いつも野宿だ。

 それは慣れているので問題ないのだが、なんせ街には草むらが無い。

 寝て起きたら体が痛いというのが最近の日常なので、出来るだけ柔らかい寝床を探したいのだ。


 とは言え……ここは町の中。

 そんな所があるとは思えなかった。


 西形は何度か殺しを行っている。

 その時に骸漁りをして金銭らしきものを拝借してはいるものの、どうにも使い方が分からない。

 実際、良い武器が三つほど買う事の出来る金額を所持していた。


 だがここで西形特有の考えが開花する。

 自分はこの金銭の価値を知らない。

 しかし相手は知っている事だろう。


 だとするならば、相手に聞いて必要な分だけ取ってくれと言えばいいだけの話だ。

 だが、西形はそれを否とする。

 それは何故か。


 相手が本当に必要な金銭を取っていくかどうかが分からないからである。

 自分の知らない事を相手は知っている。

 という事は、相手が不正をしてもこちらはそれを知りゆることが出来ないのだ。


 相手に少しでも悪い気持ちがあるのであれば、その人物がどんなにいい人物だとしても悪人となる。

 そう、自分のせいで悪人を作ってしまうと考えていたのだ。

 それだけはどうしても避けたい。

 西形は自分の事を正義の執行者と思っているのだ。


 悪人となった者は善人には戻ることが出来ない。

 その悪行は一生ついてくる物なのだ。


 ……西形の考えが変わったのは神に出会ってからだ。

 最初こそは怖かった。

 当たり前だ。

 いきなりこんな訳の分からない世界に飛ばされて、正気で物事を判断できるとは思えない。

 実際、西形も冷静な判断を取ることが出来ず、神を無視してすぐに逃げ去った。


 だが、神は逃がしてはくれなかった。

 それが恐ろしくて恐ろしくて仕方なくて。

 そこで、能力に目覚めた。


 隣には姉がいたはずだが、真っ白な空間の中では何処へ逃げてもいずれは姉の元へと帰ってきてしまう。

 妙な感覚だった。


 そこで姉に一度捕まえられた西形は、ようやく落ち着きを取り戻した。

 なにか姉と神が話していたようだが、そんなことを聞いている余裕はなく、気が付けば森の中にぽつんと立っていた。


 それからは姉と暫く行動していた。

 だが、その時でさえ、神は何度か西形を白い空間に連れて行ったのだ。


 流石に何度も連れてこられると慣れるものだ。

 ようやくその神の顔を拝んだ。

 だが、神に顔は無かったという事を覚えている。


「っと、変なことを考えるのは止めよう」


 西形は覚えていた。

 今までの全ての経緯を。

 自分が正義の執行者という悪人に成り下がってしまう事も、もう既に知っていた。

 そう考えていなければ、どうにかなってしまいそうだったのだ。


 では何故殺人を繰り返すのか。

 止めようと思えばできる事である。

 その考えは常に頭の片隅にあった。


 だが西形には殺人を止めない理由があるだ。

 これはこの力を持つ自分にしかできないことである。


 この速度があれば、壊すことが出来るはずなのだ。

 この力があれば、あの神の言葉をへし折ることが出来るはずなのだ。

 この世は神が作った世界。

 この世に住む者たちは、神が作った子たち。

 この世に来てしまった侍を、西形は殺したくなかった。


 だから。


「神の作った世界を壊す」


 それが西形の本当の殺人の動機であった。


 許せるわけがなかったのだ。

 日ノ本の者を連れ出し殺させようとするその神を。

 自分だけではなく、姉まで巻き込んだ神を。

 許せるはずがなかったのだ!


 神は気まぐれでこの世界に侍を呼び出した。

 その侍がどう生き、どう仲間を探し、どう殺すかを楽しもうとしているだけなのだ。


 これは神の暇つぶし。

 今こうして殺人を繰り返している自分も、神にとっては面白い生き方だと笑われているかもしれない。

 だがそれでいい。

 侍が死にさえしなければ。

 自分が殺されさえしなければ、この世界を確実に壊すことができる。


 やり方は外道と言われても仕方がない。

 修羅だ。

 修羅の道を西形は歩もうとしていた。


 自然と槍を握る手に力が入る。

 槍の石突を地面に突く力も強くなっていた。


「姉さんごめんな。僕はもうそっちのは帰れない。できる事なら、二度と会わない様に……」


 修羅道を歩む者が、人間道を歩む者と接してはいけない。

 西形は勝手にそう考えていた。

 会えば争いが起きてしまう。


 人間道に戻そうとする者と、修羅道を外れんと足掻く者が、刀を交えてしまうだろう。

 こうなった時は逃げればいい事だ。

 だがそういう訳にもいかない。


 刀を向けられて背を見せて逃げる武人など、いるはずがないのだ。

 その時は全力を持って迎え撃つと決めている。


 だが考えは絶対に変わらない。

 それが西形の願いであり、復讐であり、過去の者たちの……。


 敵討ちなのである。

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